第四章 近づく〈塔〉

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 えっ、と言ったきり、浅田が押し黙る。夏輝と視線がぶつかったまま微動だにせず、柱時計の秒針が時を刻む音が大きく聞こえた。 「それは……」  ようやく言葉が紡ぎ出されたが、ひどく気まずそうな顔をしている。今度は夏輝から目をそらし、絶対に合わせない。 「『それは』、何ですか?」  問い詰めると、渋々という様子で浅田が口を開いた。 「玲子が……お前の所在を確認した方がいいっていうから……」 「何で玲子さんが?」 「また三人で集まろうって誘ったけど、夏輝は会社の飲み会があるから断っただろ?」 「断りました。……けど?」 「その会社の飲み会がある日は、出張で泊まるかもしれないと……言ってたらしくて」 「誰が?」 「玲子のダンナ」 「えっ!? 玲子さんって結婚してたんですか!? うそー! ……え、何で今、玲子さんのダンナさんの出張の話? え、もしかしてダンナさんって私と同じ会社の人?」  そのことには触れず、浅田は続けた。 「それでお前が会社の飲み会に行ってる頃、俺と玲子はメシ食ってたんだが……。玲子のダンナから連絡があってな」 「はあ……」  なかなか話が見えてこない。浅田もどこか、歯切れが悪い。 「出張の件、やっぱり泊まりになる、今日は帰れないっていう話で……。タイミングがタイミングだし、玲子はすぐに嘘だと見抜いて……」     
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