第四章 近づく〈塔〉

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「親友としてはそりゃ玲子も一応大事だが、でもあいつは小食だからつまらん」 ……何だ、食欲の話か。 「だから俺は――玲子より、よく食う夏輝の方が好きだし。土いじり嫌いな玲子より、楽しそうに農作業する夏輝の方が好きだし」  え……これは……。 「日に焼けたくないって言ってる玲子より、太陽の下にいたいって言ってる夏輝の方が好きだし」  これは、食欲の話だけ……では……ない。 「玲子より、夏輝の方が、俺は――」  そこで浅田の言葉が止まる。  夏輝の体と思考も、完全に硬直していた。  その続きを浅田は言わなかったが、代わりにまた頭に手が乗せられ、ぐりぐりとなでまわされた。 「よく食う女は、嫌いじゃないんだよ」 ……結局、食欲の話なのだろうか? だったら冗談でも言って緊張をほぐしたい。ボサボサの頭で恐る恐る見上げると、夏輝を見下ろしていた浅田とまともに視線がぶつかった。 「――たまにはカードじゃなくて、本人が言った言葉を信じろよ」  こんなに真面目な顔をした浅田を見るのは、初めてだ。茶化してはいけない。これはそういう類の話だ。 「さっき俺がお前のことほっとけないって言ったときも、なかったことにしやがってよ」  あれはどうやら、ただの言葉の勢いではなかったらしい。 「あの……っ」  どうしよう。     
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