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とても、やさしい人だった。夏輝の意識が、数ヶ月前のオフィスへと舞い戻る。
「東城(とうじょう)です。よろしくね、坂井さん」
東城さんと仕事で一緒になったとき、親切にしてくれて、やさしい人だなって思った。
「え、彼氏いないの? 意外だなあ、坂井さんこんなにステキなのに」
営業職のせいか人当たりがよくて、女性の扱いもスマートで、見た目もステキだった。休憩室で見かけたとき、タバコの灰を灰皿に落とす繊細な動きをする長い指にも、心を奪われた。
「今までの彼氏、見る目ないね。俺だったら絶対手放さないけど」
そんな東城さんと一緒にいると心が躍ったし、ちょっと体が近づいただけでも、鼓動が高鳴った。まぎれもなく、恋、だったと思う。だから――
「……いい?」
と唇が近づいてきたとき、拒む理由が思いつかなかった。お互い残業で、二人きりになった夜だった。
それからの東城さんは、人前ではいつもと変わらないやさしさをくれて、こっそり親しげに接してくれて、二人きりになると、時々、唇を重ねた。
初めて食事に誘われたとき廊下をスキップしたいほど嬉しかったけど、その日は運悪く先約があって、仕方なくあきらめた。
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