14人が本棚に入れています
本棚に追加
/156ページ
「もう一軒いいですか?」
肩には届かない短い髪をさらりと揺らして、坂井夏輝(さかいなつき)は言った。――酒の話ではない。
「もうやめとけ」
黒いTシャツにジーンズ姿の男が、胸の前で両腕を組み、渋い顔をした。夏輝はすでにパンツスーツの背中を見せて歩き出している。
「まだ九時半ですよ? これで最後にしますから」
「いいかげんにしろ」
男に肩をつかまれ、足を止められる。
「いいじゃないですか。まだいっぱい占い師さんいるんだし」
夏輝は前方を指差した。ここは最近できたという『占い街道』。街道といっても、大型ショッピングモール内の一角に、小学校の机サイズのテーブルと占い師がずらりと並んでいるだけだが。
「占いのハシゴをするな」
さっきから夏輝を諭しているのは、スポーツ刈りの、日に焼けた大柄の男。身長は夏輝より優に頭一つ高い。
「じゃあ先に帰っていいですよ。ええと……」
「浅田和正(あさだかずまさ)」
「そう、浅田さん。ホテルの場所わかりますから。先に帰っててください」
背を向けると、靴のヒールがコツ、と鳴った。ハイヒールではない。農園を歩くことを想定して、かかとの低い靴を履いている。
最初のコメントを投稿しよう!