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歯を食いしばり強く目をつむっているはずなのに、うつむいていたらパタッと涙が落ちた。
「一度だけ、……たった一度だけ、左手の薬指に指輪をしていたのを見たことがあります。いつもはしてないのに、たった一度、あの日だけ……」
東城さん――普段は指輪なんてしていないのに。あの日だけ、指輪をしていた。うっかり寝坊して慌てたよと言って、遅刻ギリギリで出勤してきた、あの朝。
指輪を外す余裕もないほど、慌てていたんですね。だったら遅刻してでも、私が気づいてしまう前に、指輪を外してほしかった――
「……そっか」
話を聞き終えた玲子がため息をついて、こめかみに指を当てた。
「ひどいわね、その東城って男。夏輝ちゃんを何だと思ってるのかしら」
「幸か不幸か深い関係には至ってないんですが……。何で私なんかにって思いましたよ。隙があったのかな……」
「あら、夏輝ちゃんはステキな女性よ? 男が言い寄ってくるのは当たり前。でも弄ぶのはダメね。特に夏輝ちゃんみたいにまっすぐな子には」
「既婚者だと知った以上、私はもう東城さんとは……」
「それで……いいの?」
「だって奥さんがいるんですよ? 奥さんだって東城さんを好きなはず……。私のやってることは最低だし、私のせいで奥さんを不幸にしたくない……」
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