序章

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「良い」 湊源吾郎が言うと、やがてそれぞれが行動を再開した。 (毎度、要らぬと言うておるではないか) 思いながら、馬上で自らの肩をとんとん叩く。 次いで、同じく馬に乗る東堂広郷という家臣を煩わしそうに呼んでは「向こうの者にも、予めそうするように伝えよ」と命令した。 広郷が短く返事をし、歩きの数人を連れて源吾郎を抜き去る。 「相変わらず、変わったお人だ」 眼下、源吾郎の轡を取る西野助成がそう言って笑った。源吾郎も笑い返し、そして広郷達の後をゆっくり追う。左右に畑。木枯らしの吹く季節。目につくものに、今緑はない。 ――領主、湊源吾郎はこの地を「湊」と勝手に呼んだ。 地図を見れば当時の上野南部辺り。そこをつつましく纏めていたようで、領主の実態は掴めない。「湊」も「源吾郎」も何故その名なのかは分からず、一体どうしてこの得体の知れない男が武家の末席に潜り込めているのか、それもただ想像するしかないのである。「湊」の地が安堵されているのは、それらしい理由が推測できる。彼はどうやら時の関東管領山内上杉家に下っていたらしい。という事で恐らく、山内上杉家の保護を受けた「家臣」としてこの所領を認められていたのだろう。 とにかく、そんな湊家当主の領地巡察である。彼が助成らと共に道を歩いていると、地面の上に筵が二つ敷かれていた。手前側に老婆が座り、向こう側には幼子が二人並んで座っている。 「あの子らは」 気付いたらそう、源吾郎の口が動いていた。老婆が嗄れた声で言う。 「孫にございます」 「ならば、何故別々に座るのか」 「情が移ると困る故」 源吾郎は助成と顔を見合わせた。助成が不可解そうに首を振る。領主はひらりと下馬すると、目線の差が縮まった所で再度老婆に問い掛けた。 「何があった」 言うと、子に先立たれました、と老婆は答えた。 「流行病で。あの子らの父は分かりませぬ。母が儂の娘でした。この老いた手ではあの二人をこれ以上養う事が出来ず」
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