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とばりは月の下。
とばりは瞳と対照的な青白い顔をしていた。小動物らしく震えて自慢の耳もぺたりと折れていたが、雛市には関係ない。
「おかげで俺の任務は終了だ」
「そんなぁ! でもっ」
雛市の任務は異国の地にて夜の訪れを手伝う兎の娘を自国の領地へ連れ帰ることだった。曰く月の国にも担当があるらしい。とばりは雛市が暮らす『和の国』を割り当てられていた。
「助かった、これで俺は戻れる。こんな寒い国は御免だ」
「でもでもっ、今夜はわたし一人なんです! 和の国から授かった特製の紅碧をした織物で、この地にはなくて……っ!」
小さな娘っ子は何やら懸命に話しているが、こうしている間にも二人の口は白い息を吐いている。
「――それを? お前はどうした……?」
「………まだ、途中……」
「じゃあ、その織物は空の上か」
雛市は改めて空を見上げる。太陽は沈み、日中のような暑さや眩しさもない点については彼にも好意的なことだった。空の色は白や淡紅藤のようにも思える。とばりが落っこちてきた今は真夜中になっても薄明のままになっているに違いない。なんとも不思議な夜だ……
「――綺麗じゃないか……」
自分の口からはそんな言葉が突いて出た。
「それに、お前が落ちてきて既にもう数日が経った。……今もそのままだということはあちらさんも案外気に入っているんじゃないか? 文句は、つけられそうにない色だと思うがな……」
少女は救われたようなまだ不安の残る表情で俺を見た。返事の代わりに羽を広げる。
「帰るぞ。小娘」
兎の少女を抱え、雛市は飛び立った。彼の濡羽色の翼を彼女は絶賛した。「今度はこの色で織物を作りたい」とも。
「少しなら抜いても構わない。参考にするといい」
だが、とばりは断った。綺麗な羽に傷をつけるわけにはいかない。
兎のとばりは再び落ちてしまわないよう大鴉の青年にしっかりと掴まって無事に月の国へと送られた。
その後の雛市はあと一度くらいうっかり落ちては来ないだろうか? と考えていた。
とばりもまた次に落ちても助けてくれるかしら? と思った。彼女は濡羽色の織物作りに精を出し、もう二度と決して同じ間違いを犯さぬよう、月の国で毎夜懸命に窓掛けを引いた。もちろん、濡羽色の。
そして空を見上げた異国の人々は不思議なこの現象を「白夜」と呼んだという――。
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