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鴉、発つ。
この世界の空は兎が作っている。
「彼らは太古の昔から月に住んでいたのよ。……本当はね?」
そんな話は馴染みのあることで、まだ幼い頃の羽毛であった頃からよく知っている。
ただし、その兎が月から落っこちたなどと阿呆な話を青年は俄に信じられずにいたのだ――。
大鴉の一族を統べる頭領の前に跪く雛市は羽をたたみ最敬礼の形をとった。
彼はたった今から異国の極寒の地に飛ばねばならなかった。――何故? どこかの大馬鹿者が落っこちていったせいだ。大鴉はその翼を染料として提供していることから唯一月に届く生物とされている。一言、もしくは二言と短い言葉を交わして雛市は旅立った。大きな翼で雲を割り、空を突き抜けていく。
夜は闇だ、暗いはずだ。だが、雛市は空を翔るほどにその色が白んでいくことに気がついてきた。――太陽か? ……違う。あの、焼けるような熱や橙の色は見つからない。ならば、何だというのか。いくつもの国の境を越え、朝や昼、夜を繰り返した。その末に白い空へたどり着いたのだ。雪の積もる銀世界に小さな体を横たえていた。あれか。
大鴉の眼が爛と光る。
狙いを定め、鋭利な鉤爪で雪に轍を作った。
ふわついた白い毛玉は力なく倒れ込んでいる。周囲には赤い血も見て取れた。彼は艶やかな嘴で体温を確かめ、次に大きな翼で抱え込んだ。
「迎えだ」
一瞬だけ、その瞳が開いたような気がしたのは、名前を呼ばれたからか。どうやら、自分はこの兎が落ちなくとも迎えに駆り出される算段であったらしい……
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