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 お梅のせいだ。彼女は肉体が滅んだ今でも人を惑わし続ける。毒牙にかかったのは鼻の下を垂らしていた男たちだけではなかった。私も、もしかしたらお梅に少しでも関わりのある人間全てに彼女の毒は残っているのかもしれない。    その毒が回りだすのはきっと想像もつかない瞬間で、私に残ったそれは今まさに効力を発揮していた。 「うち、嫌や」  父や母に言われたことには首を縦に振り続けていた私の口から出た言葉とは思えなかった。22歳という未婚の娘を抱えて悩んでいて両親にとって、私はとても残酷で親不孝なことをしてしまったと自覚はしていたものの、お梅の毒は私の口を止めさせなかった。 「好きでもない人に嫁ぐなんて嫌や」  その日私は家を追い出された。多分「うちが間違うてました」と一言言えば固く閉ざされた木戸はたちまち役目を放棄ことするだろう。でも私は撤回するつもりなどこれっぽっちも無かった。    お嫁さんに憧れていなかった訳でもない。むしろその時のためにと努力はしてきたつもりだった。苦手な針仕事だって夜なべをして克服したくらいだ。それでも私の心の中には無邪気に笑い続けるお梅が存在していて、愛する人のそばで死んだ彼女の生き様に惹かれる私がいた。  どこへ行こうか。あてなどないし、頼れそうな人もいない。それでも私の進む道の先にはきっと未だ見えない誰かが待ってくれていると信じていた。  お梅  私は彼女が嫌いだった。  とんぼたちが道を開ける。顔を照らす太陽はきっと、あのとき夕日がお梅にしたように、私を美しく着飾ってくれている。
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