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 その後のお梅の遺体がどうなったのかは知らない。幾多の男たちを魅了し続けたお梅は、愛する芹沢と死んで幸せだったのだろうか。同じ墓に入れず、皆に拒否される結末になったと知っていても芹沢の元へ行こうと思えたのだろうか。菱屋でひっそりと生きていく道はなかったのだろうか。 「すず、おすず」  過去の世界へ飲まれていた私の意識を浮上させたのは、買い物から戻った母の甲高い声だった。あれから一年。私の生活はなんら変わらず、たまに父の手伝いをしながらのんびりと日々を過ごしている。 「あんたの嫁ぎ先が決まったえ」   どこか興奮した面持ちの母は、手に持っていた大根や人参を放り出して縁側の私に詰め寄った。顔にかかる鼻息がうっとおしいと思うくらいに、私はそんな母の様子を冷静に見つめていた。その手の話にご縁がなかった私は22歳になっていて、世間一般ではいき遅れの類に入るのだが、焦りは何一つ持てていなかった。多分私の中には今も彼女が住み着いているから。 「お父ちゃんの贔屓先の息子はんがね、あんたのこと嫁にしたいって言うてはる」   私は母の向こうにある空をぼんやりと見つめて、そして気がついた。私が見ているのは薄暗く陰険な西の空だけど、母が見ているのは太陽の光が反射する眩しく輝いた東の空なのだ。どちらも同じ空なのに、両極端なその風景は私たちふたりの心境をよく表していた。
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