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猫のように妖艶で大きい瞳は黒ではない。湖の深い水底を覗き込んだかのような、常磐色をしている。それが蛍の光を反射させ、金緑石のように煌めく。このような瞳は生まれてこの方見たことがない。
「あやかしが、自分を迎えに来たかよ……」
忍の少年は誰ともなしに呟いた。
半月前の戦で、すべてを失った。親、兄弟、友人、生まれ故郷、そして最愛の姉までも。そしてその大切な人の幾人かは、闇夜で気付かなかったとは言え、自ら手をかけていたことを知った。
『戦など、無い世の中が来ればいいのに……』
愛する姉の口癖を叶えたくて、戦の世を一刻も早く終わらすためだけに忍になった。しかし一夜にして自らの手で全てを無くしてしまったのだ。
今しがた少年は湖畔で、自らの命を絶とうと首に刀を当てていた。その刃を滑らせようとしたまさにその時。どこからともなく笛の音が響いてきた。その音は、高く低く、どんな言葉よりも深く少年の胸に染み入ってくる。この笛の主が、自分と似た境遇に立たされていることが、暗に伝わってくる。
――死ぬ前に一度、この笛の主に会ってみるか。
気付いたら、笛の音に導かれ、このあやかしの元へと誘われていたのだ。
湖面を撫でる冷たい風が、背後の竹林の葉を鳴らす。少女の肌のように白い満月が顔をだした。水鳥の声が哀しく響く。
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