第三章 薄荷

2/6
210人が本棚に入れています
本棚に追加
/374ページ
 夜這いされた際に、領主様に思い切り腕を掴まれ捻られた。その時の痣だ。塗り薬と湿布をしていたのだが、風呂に入る前にとっていたのをすっかり失念していたのを思い出す。袖のためが短い宿屋の寝間着を着ていたので、目立ったのだろう。痛みはほとんど引いてはいるが、急に動かすとやはり辛い。 「湿布を忘れてしまいました。驚かせてしまってすみません」  顔の包帯は忘れることがないが、腕に関してはすっかり抜け落ちていた。才四郎から隠れるように、衝立の裏に腰を下ろす。宿屋の小さな鏡台を手元に引き寄せた。写してみると元々色白な為か、余計際立って見える。痣は治りかけが一番ひどい色になる。確かにこれは他人が見たら驚くな、とぼんやりと思う。 「あの息子にやられたのか?」  衝立で表情は見えないが才四郎の憤ったような声が聞こえる。実際彼の言う通りではあるが、そうだそうだと同意するのは大人気ないような気がして、一瞬言葉を飲んだ。 「数日前のものですから、もう痛みもだいぶ引いています。心配には及びません」  人によっては、彼に手をあげられた、と思うものもいるかもしれない。誤解させてしまうことに対しての憤りかもしれない。兎にも角にも、急いで湿布をしないと、私が風呂敷から軟膏を取りだそとした時だった。  すっと衝立から、手が差し込んでくる。その手には漆塗りの丸い薬入れが握られている。 「仕事柄、打撲はしょっ中だが、これが一番効く。よかったら使ってくれ」     
/374ページ

最初のコメントを投稿しよう!