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「こんなに美しく静かな時間が流れの中にいると、世が戦のただなかであることが、悪い夢のように思えますね」
あやかしが口を開いた。鈴の鳴るような、高い澄んだ声だ。
人語をしゃべるのか。こんな事態でも冷静に思う自分に少し呆れながらも、ふと彼女の言葉に思い当たることがあり、少年は思案を巡らす。有名な杜甫の詩に、こんな情景を歌ったものがあったはずだ。
突如、場違いな明るい子供の声が湖畔の対岸から、風に乗り響きわたり、少年の思考を中断させた。
半月前、隣国の奇襲から守るため、領主が城下にかくまった領民の子供らのものであろう。忍としてその任に携わっていた少年はすぐ気づいた。結果、その命と引き換えに、少年の村の者たちは、命を失うことになったのだが。
「誰かの命の代わりに、助かる命があるとは、悲しい世です」
なぜそれを知っているのだろう。そのあやかしは、悲しそうに目を伏せ、そうつぷやいた。
「しかし、遺された者には、遺された理由があると聞きました。私にはまだその理由がわからないのですけど」
少女がおもてをあげた。こちらの心うちを全て見透かすような目で少年をまっすぐと見つめる。そしてあどけなくも、哀しい表情を浮かべ、続ける。
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