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序章 誰そ彼
その城は、畿内の湖の畔にある。
城下に広がるその湖には、美しい女人の姿をしたあやかしがおり、その姿を見たものは最期、身も心も奪われ命を落とす……という噂を話し半分で聞いたことがあった。
――まさか、そのあやかしが、自らの前に姿を現そうとは。
城の忍隊の少年が、それに出会ったのは、初秋の夕刻であった。日は殆ど落ち、辺りは薄群青色に染まっている。まさに逢魔が時。魔性の者と出会ったとて、おかしくない時間帯ではあった。
それは、湖畔を望み、ぼうっと立っていた。後ろ姿を見るに、背格好からまだ少女であるらしいことが見てとれる。真っ白な夜着の袖から覗く、生気の無い陶器のような肌。肩で切り揃えた垂髪までも白い。まるで蜘蛛の糸のよう……。その髪が、山端に残った橙色の夕陽を受け、金色に染まっている。こちらの気配に気づいたのか、そのあやかしが笛を手にゆっくりと振り返った。
刹那、湖のほとりの草むらから、ふらりと病蛍が飛び立ち、少女の顔を照らした。少年の肌が粟立つ。
人形のように整った奇麗なおもだち。そして、蛍が照らす少女の目の色………。
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