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なんとかやっていると絵師は答えたが、本当に、なんとか生き永らえている程度の意味に、おれたちは思った。そのとき秋のいたずら風が、ピウ!ピュー!ピィウウウ!あっと娘が小さく叫んで、部屋の隅っこに積み上がっていた本がめくれるのを押さえた。
「…………あ」
本からヒラリ、こぼれた押し花。
「……いつか陸之助さんに差し上げたお花」
揺れる瞳。震える指先。唇の隙間から、漏れる悲しみ、恋心。
「うちの庭に咲いていて、あんまり綺麗だったから……陸之助さんは、よく花の絵を描いてくれたから、お好きだと思って……。病が治ったら、わたしが花を持ったところを描いて、くれると………」
押し花を挟んだ本は植物図譜だった。恋しい娘にもらった花を、なんの花だか詳細に調べて描いてやろうとしたのに違いない。
「陸之助さん……」
娘が本を抱いて泣き崩れた。
そして、また秋の風。机の横の画帳がめくれて、眼鏡がそれに手を伸ばす。何枚かめくって、ふっと唇、弧を描いた。
「……ああ、日記だ、コイツあ。絵日記だ」
「絵日記?ロクの?」
「そら、見ろ。この日は、雪が降ってる。次の頁はユキウサギ。霜柱。雪解け水が凍ったやつに、すってんころりん、滑って転んだハゲおやじ」
「ああ、本当だ。ふきのとうだ。つくしも生えた。庭が色づき、花が咲いてる。花見の賑わいが何枚もある。……アイツ、風景を描くのが好きだったな」
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