そして、また、秋の風。

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新聞屋はもう、この借家に来るまでの道すがら、なんと言って訃報をおれに伝えようかとか、様々考えを巡らしたのに違いないから涙を隠す顔にもなろうが、このとき、おれの心には、ピゥと隙間ッ風が吹いたばかり。あいつがついに死んだと聞いたら、きっと泣いてやろうと思っていたのに。大嵐に玩弄される真冬の海の飛沫のように、押し寄せ来る悲哀の波になす術もなくうちひしがれて、庭土を、それが死人(しびと)の肉体にかつてあった魂を臼でひいたものと錯覚してでもいるみたようにガジガジ引っ掻きながら、地面に這いつくばってエーンエーンと、声を限りに泣いてやろうと、思っていたはずだったのに。 「くたばったか、あいつ」 現実はなぜか、これがやっとだった。  答える必然がなかったか、答えることばを知らなかったか、新聞屋は煙草を一本、取り出して、ひとり黙ってそいつを咥えた。  おれはといえば、となりの家の庭に柿の木を、新聞屋の肩の向こうに見えるその木を視界に入れて、やはり黙っているばかり。ひとつッきり取り残された柿の実を小鳥が必死につつくのを、ただ呆然と瞳にうつしているだけだった。  新聞屋の煙草の煙が、細く、すぅー……と立ち上る。そいつはまるっきり弱々しくて、そのとき、柿の実がブツリと枝と離れた。  その実が地面に落ちるのは、塀の向こうで隠されていた。  役者にでもなればよかったと思うほどの美声の坊主が朗々と経を唱える間、おれたちは黙然と俯いていた。後で聞いたら、この坊主、はたして昔は歌手を目指していたのだそうで、しかし急に父親が死に、泣く泣く実家の寺を継いだらしい。ふと、親父の仏頂面を思い出した。     
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