そして、また、秋の風。

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眼鏡がボンヤリ、他人事みたいな声を出す。おれはそれには答えもしないで、やはりボンヤリ、煙を吐き出す。そして空を見上げた。煙の先には空しかなかった。  死んだ絵描きは坊やだった。ほんとはいくつだったのか、たぶん昔に聞いちゃいたかもしれないが忘れっちまった。だが若かった。おれたちの中じゃ一番若くて、一番に死んだのだ。  いやに晴れた日であった。秋の空が高いことを、これほど妬んだ日もあるまい。近所で秋刀魚を焼いているらしくて、やたら旨そうなにおいが漂ってくる。のんきな空だった。真っ白な綿を引き裂いたような雲がうすく縹色(はなだ)の空を覆っている。何千年、何万年と空は黙って遠く在る。だのに、その下のおれたちは、今日、坊やのまま死んじまった絵描きに言いたくもない別れの挨拶するために、雑音ばっかりたてていた。  客はあんまり多くはない。なにしろ田舎を出て来てまだ日の浅い、坊やだったものだから。だが、その割にゃ客に女が多かった。そういや、アイツ時々、似顔を描いていたっけか。筆を動かす練習になるって、そんなことを言っていた。似顔をもらうと女はみんなよろこぶんだ。たぶんホンモノよりもちょっとばかり美人に出来上がるんだろう。     
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