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おさげの娘がじっと真っ黒の瞳を見開いて、部屋の隅っこで正座したまま動かない。寺の近くの喫茶店の看板娘で、純潔そのものみたいに泣いている。眼鏡がいつもボサボサの頭を更にグシャグシャ引っ掻き回した。
「和尚が来る前からずっと、あの調子だよ。かあいそうに。ずっとああして泣いているんだぜ」
「そりゃあお前、恋しい人を死神に連れていかれちゃったなら、涙が涸れても、あのコは泣くよ。あのコは、そういう娘だろ」
優しくって、器量が良くて、だけどほんのちょっぴりの勇気がなくて、絵描きに想いを伝えそびれたことを後悔しているんだろう。キチンと揃えた膝の上で、小さな手が震えていた。
「次の話は、恋人を亡くした悲しみの深さのあまりに石になる鬼の話はどうだろう」
眼鏡は作家である。おれは眼鏡のつくる話が好きだが、今度のはあまり、傑作になりそうにない。
「カビの生えたおとぎ話の筋だよ、ソイツは」
「ああ、それって少しも褒めていないな。なに。チョット言ってみただけだ。ロクのやつの追悼に、お前も何か作ってやれよ」
冗談じゃない。まだとても、そんな気分にゃなれるものかよ。おれの頭ン中には落下する柿と無音の空でいっぱいで、とても、とても。とてもペンなど。取る気にゃなれません。
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