そして、また、秋の風。

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おれは二つ返事で了承した。新聞屋は、どうせ暇をしてるんだから、みんな連れてっちゃおうじゃないかと言って、眼鏡も、髭もノッポも、音楽家も、連れ立って、大の男が昼間から何をしていやがるのかと通りすぎる人たちは、さぞや怪しく思ったろう。うさぎ女も恋の歌を歌う女も、店があると来なかった。なんだか男ばっかり情けないなと気取った口髭に、眼鏡が、だから女は偉いんだとか、どてらのくせに格好つけやがる。どっちも古い、そんなのだから二人とも、いつまでたっても駄目なんだ、笑う新聞屋は、まあ、おれたちの中じゃマトモな方だ。  下らないことを言いながら、おれたちは、やたらゆっくり歩いていた。誰かが追い付いてくるのを待っているわけでもないし、絵師に会うのがおそろしいはずもない。ただ、秋の日差しがやたらに背中にあたたかく、おれたちは、たぶん、それを感じていたかったのだ。  冬の気配はまだ遠かった。秋晴れの空には、この日、雲ひとつ見つからなくて、版画みたいに平坦だった。  眼鏡が横着して、あとひとつ角を曲がれば玄関なのに庭から酒と煙草でしゃがれた声で家主を呼ぶと、出てきたのは、おさげの娘だった。  娘はブラウスの袖を肘までまくって、慌てた様子で頭の手拭いをはずして近寄ってきた。おれたちは皆、まるで無頼の態度でズカズカ庭から侵入し、娘を少々怖がらせた。 「お部屋の片付けをお手伝いしていたんです。陸之助さんの描かれた絵を、先生、どうしようかとおっしゃって……」  主を失った部屋に、おれたちは通された。開け放たれた障子から秋の陽が差し込んで、そこにいた人間が死んだとは思えないほど、あたたかで、明るい。ああ、まるで、今すぐにでもヒョッコリと、アイツが帰ってきそうじゃないか。その机の前に、ほんとは座っているのじゃないか。     
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