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その日の夕方。
白井はレギュラー出演している劇場の控え室にいた。
「白井、昨日ちゃんと帰ったの?」
真杜がそう声をかけてくる。
「んー。木津さんとこに転がりこんでやった」
「あー……言っといたのになぁ」
伝え方が少し意地悪だったことは否定しないが忠告はしたと、真杜は自身を正当化する。中島真杜とは、こういう男である。
「木津さんとこって、あの人たちホテルに泊まりだったんだろ?」
「そうだよ。木津さん、俺がザルだって知らないから、いろいろ面白い話たくさん聞けちゃった」
騙すつもりではなく、ただ、ひとりの部屋に帰るのが嫌で、白井としては少し駄々をこねた程度のこと。それを人は「あざとい」だの「詐欺」だのと言うが、白井にしてみればごくごく普通にふるまっているだけの話だ。
今朝の木津はなかなか面白かったなと、白井は思う。元ヤンで狂犬とまで呼ばれていた男が慌てふためいている様子は、かわいく見えないこともなかった。
(顔はキツネっぽくて美人だけど、タイプではないんだよなぁ。残念)
一緒にいてくれれば、白井は誰でも良かった。ただ更科は頭の回転が早く頑固な常識人というイメージがあって、白井の思い通りには到底なってくれそうもない。だから木津を選んだのだ。
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