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「お燎さま、お燎さま」
ゆっくりと瞼を押し上げれば、お燎の体をゆすり起こすお里の姿が見える。
「お燎さま、また、夢を見ていらっしゃったのですか」
「お里…」
藤田家の屋敷が領主様の手によって焼き討ちにされたのはたった三日前のことである。それからというもの、お燎は仮眠をとる際にも屋敷が燃え落ち、誠一郎と別れる夢を見ているのだ。
「あれは夢ではないわ…実際にあったことだもの」
「しかし…」
誠一郎様!と眠りながら涙をこぼし求める姿は、お燎の世話をするお里の方が辛くなってしまう。
お燎が藤田誠一郎のもとへ嫁いだのは約一年前、春の盛りで桜がとても美しい日だった。お家同士の政略結婚ではあったものの、お燎と誠一郎はとても仲睦まじい若夫婦として使用人たちの間でも有名であった。
しかし、生活に慣れてきたころ、藤田家は領主様になんの根拠もない謀反の疑いをかけられるようになってしまったのだ。義父の当主様や誠一郎が必死になって領主様やその側近たちのもとへ出向き、無実を証明してきた。けれど、その努力は報われず三日前の夜、領主様の命令で藤田家の屋敷は兵たちに取り囲まれ、火をかけられた。
お燎自身は藤田家に嫁いできたのだから愛する誠一郎と運命を共にする覚悟を決めていたけれど、誠一郎がそれを許さず、使用人のお里に命じてお燎を燃え盛る屋敷の外へ逃がしたのだ。誠一郎を含め、藤田家の人間は炎の中で自害したとされている。
「お里、心配をかけてしまって…」
「お燎さま、そのようなことは気にしなくてよいのですよ」
お燎より少しだけ年上のお里は、姉のような存在で弱っているときにとても頼りになる。
「それより、お燎さま。本日の昼頃にはここを発ってお父上様のところへ行きますから、ご準備してくださいませ」
「そう」
お燎たちは今、夫を殺した領主様の治める城下町に身を隠していた。急に逃亡する身となってしまったため、十分な準備ができておらず、やっとお燎の生まれ故郷に帰る手立てがついたのが昨日の夜のことだ。これでも早くに済んだ方である。
「お燎さま、私は市場へ行って食料を買ってきますから、その間にお召し替えを済ませておいてくださいませ」
「なにからなにまで…ありがとう」
「お気になさらず」
お里は照れたように笑い、軽く身支度を整える。
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