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第1話 追憶。
縁側に腰を掛け、庭一面に広がる
赤・青紫・白色の紫陽花の花をぼんやりと眺めていた。
子供時分に父が母にプロポーズした時の様子を俺に話してくれた事を思い出していた。
父親の職業はテーラーだった。母と交際していた頃、父は未だ独立したばかりで、お金も無く、将来の見通しも全く立っていなかった。
しかし父は母をとても愛し、彼女と結婚する為、しゃむにに働き、この小さな庭付きの一軒家を建てた。そして母の大好きな紫陽花の花を植え、美しく咲いた赤色の紫陽花を母にプレゼントし、プロポーズをした。母は何も言わず、庭に咲いていた青紫色の紫陽花を一本手折り、とても幸せそうな笑みを浮かべて父に渡したそうだ。
「俺も大人になって、プロポーズする時には、紫陽花の花をプレゼントする!」
2人の馴れ初めを聞いた俺が興奮気味に告げると、父親は笑顔で応えてくれた。
「そうか。水無月が大人になったら、俺がスーツを仕立ててやるから、それを着て愛する人にプロポーズすれば良い。」
「うん!そうする!」
俺の返事を聞いた時の両親の幸せそうな顔が、まるで昨日の事の様に思い出され、少し切なくなった。ふと部屋の中に掛けてあるカレンダーに眼をやる。
6月17日 父の日。
(あぁ。今日は父の日だったな…そして、俺の誕生日でもある。今日で26歳になった。父の日に最後に贈り物をしたのはいつだったか…忘れてしまうぐらいだから、かなり前だろう。)
大学時分から1人暮らしを始め、就職と同時に実家から離れた会社の近くに在るマンションに引っ越した。それから4年の月日が流れた。その間、実家に帰ったのは、年に数回程しかなかった。
中学生の時に母親が他界してから男手一つで自分を育ててくれた父へ、感謝の言葉すら伝えていなかった事に気が付き、自分の不甲斐なさに泣きそうになった。
その父も先月病気で亡くなり、俺は、少し古びたこの一軒家に独り取り残された。
(息子として、何一つしてやれないまま、父を旅立たせてしまったな…)
4年前。
22歳の春。
入社式の日、1人の男性に出会った。
俺は一目で彼に恋をした。
彼の名前は光谷文月(みつたに ふづき) 22歳。
自分と同じ新入社員で、背が高く、端整な顔立ちに笑うとエクボが出来、人付き合いも上手な彼に女性社員は皆浮き足立った。だが、彼は女性社員に対し、適度な距離を保ち、自分のプライベートの領域には決して踏み込ませなかった…
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