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第68話 覚悟。
それと同時に、過去に己が水無月に放った言動を悔やんだ。
『身体だけの関係なんて虚しいだけだ。だから、こんな関係は終わりにしよう。』
本音とは裏腹な言葉を告げた時、お前は笑顔で頷いた。やっぱり、俺は凪の身代わりでしか無かったんだ。そう自分を納得させ、別れた。だが、水無月の口から出た言葉を耳にし、自分の中で、ある疑問が沸き起こった。
(あの時、俺に見せた笑顔は、本物だったのだろうか…俺が別れを告げた後に、水無月が言った言葉は、本心だったのだろうか…)
其れを尋ねたとて、彼はきっと何も答えてはくれない。何故だか、そう感じた。
『水無月、後悔しないか?』
「うん。しない。」
水無月の自分を見つめる瞳に揺るぎない決意が映し出されていた。文月に心も身体も委ねる水無月を想像するだけで胸が灼けつく様な焦燥感に駆られる。
(凪の時とは違う。水無月なりに、文月と向き合おうとしている。自分が入り込む余地は少しも残されていないのかも知れない。)
『分かった…それなら、お前が思う通りにしろ。』
「周…」
『けどな、これだけは約束して欲しい。』
「約束?」
『辛い時には、1人で苦しまずに俺に吐き出せ。全て受け止めてやるから。寂しい時には1人で泣くな。俺がお前を抱き締めるから。』
常に相手の幸せを優先し、自分の幸せに頓着しない哀しくも愛おしい存在。
友人として傍にいて欲しいと望むなら、その役に徹することも厭わない。俺がお前の心穏やかに過ごせる安息の場になれるなら、それで構わない。
「周…ふぅっ…うぅ…」
周の優しい眼差しと言葉を一心に受け、水無月の張り詰めていた糸がぷつりと切れた。瞳から涙が堰を切った様に止め処なく溢れる。
「俺はっ…お前にっ…うぅ…」
(俺はどうすれば良い?俺は、お前に何もしてやれていないのに…)
涙で声が詰まって上手く言葉に出来ない。嗚咽を漏らし子どもの様に泣き噦る水無月を周は胸元に引き寄せ包み込んだ。
「俺っ…ぅうっ…甘えて…」
(甘えてばかりでごめん…お前を手離せずにいてごめん…)
『何も言わなくて良い。分かってるから。』
「ごめっ…」
『俺が傍に居る事を、覚えてさえいてくれればそれで良いんだ。』
水無月の顔を覗き込み、涙で濡れた彼の頬に何度も口付けを落とした。
『涙で顔がクシャクシャだ。ずっと泣き続けるつもりなら、ベッドに連れ込んで泣き止むまで滅茶苦茶に抱くぞ。それでも良いのか?』
「良いよ。」
『…え?』
「お前なら良いよ。」
『っつ…只の冗談だ。間に受けるなよ。』
周はニカっと笑い、水無月の頬を抓った。
「痛っ。」
『ほらっ!顔洗って来いよ。』
「うん…分かった。」
水無月は立ち上がりリビングを後にした。文月の存在によって、自分と水無月との関係性が変わり始めている。周は不安に押し潰されそうになりながらも、水無月の恋を見届ける覚悟を決めた。
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