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第75話 潰えた願い。
(他の人と寝た…水無月は、今、俺にそう言ったのか?)
彼の言葉を、何度も何度も頭の中で繰り返した。其の意味を理解した時、楔を打ち込まれたかの如く、胸の中が激しい痛みに覆われた。文月は拳をぎゅっと握りしめ、喉奥から絞り出すように声を発した。
『水無月…冗談が過ぎるぞ。』
「冗談なんかじゃない。事実を言ったんだ。」
身動ぎ一つぜずに自分を見据える水無月の目が、真実だと物語っている。
『お前が言っている事が本当だとして、其れと周が夜中に電話を掛けて来た事と何の関係が有るんだ?』
「周は、俺の事を心配して文月に電話を掛けたんだ。」
周が文月に電話を掛けたのは、女性との関係を問い質すつもりだったのだろう。あの時点では、まだ周と肌を重ねてはいなかった。だが、彼女の存在が全ての原因では無いとしても、一因であった事は否定できない。周に抱かれる引き金になった。其れだけでは無く、昨夜の出来事で、文月への想いとは別に、水無月の中で、もう一つ湧き起こった感情が有る。
(疾うに終わった筈の想い。文月と出逢い、思い起こす事は無いと思っていた…2人に決して気取られてはいけない。)
水無月は文月の部屋へ足を踏み入れた瞬間に、その想いを再び胸の奥底に仕舞い込んでいた。
「だから…周に、昨夜の事を尋ねるのは止めて欲しい。」
『水無月が他の奴と寝た理由も、その相手が誰なのかも詮索するなって事か?』
歯を食いしばって、射るような眼つきで彼に問う文月の心は憂いに満ちていた。
「そうだ。」
『他の奴とセックスしても報告する必要は無いんだろ?適当に言い繕えば良かったのに、何故俺に言ったんだ?』
(他の人と寝たなんて冗談だよ。そう言って欲しい。例え、其れが偽りだとしても、水無月が嘘をつき通してくれるなら、俺はお前を信じるから…)
『やっぱり、他の奴と寝たなんて嘘なんだろ?』
(水無月、頼むから嘘だと言ってくれ…)
「嘘じゃない。」
『じゃあ、わざわざ本当の事を言った理由は?』
「……」
『其れぐらいは聞かせろよ!!』
水無月は目を閉じ一呼吸置いてからゆっくりと瞼を上げると、再び口を開いた。
「夜中に何度も電話を掛けて来られたら、何か有ったと思うのが普通だろ?適当に言い繕ったところで、信じてもらえるとは思えない。だから、事実を言ったんだ。」
水無月の淀み無い言葉によって、文月の切なる願いは全て潰えてしまった…
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