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穂の坂公園の桜は先週満開を迎えて、今はほとんどが散っていた。
俺達がいつも使っているベンチも、桜並木の間にある。
スマホを見ながら座って待っている璃緒奈が見えた。
少し早足で向かう俺は、微かに残った花びらが、春の突風で舞い上がりヒラヒラと落ちてきたので、それを手に取る。
「璃緒、おまたせ。」
近づく俺に気付いていた璃緒が隣に座るように手で示していたから、俺は黙って座った。
まだ寒い春の夕時、コートのポケットから手を出したくはなかったけど、怒られる立場としては、手を出さなければならない。
俺は寒さを我慢して、握ったままの手を膝の上に置いた。
「今日で、信矢の恋人役は辞めます。」
「ああ、今までありがとう。」
胸がぎゅっと縮む感覚があった。
「ラインの返事をします。」
「はい。お願いします。」
鼓動が早くなるのを感じていた。
「和哉とは、付き合わない。やっぱり和哉は幼馴染以上の感情で見れないから。」
「そうか…」
「そういうことだから。」
璃緒奈はスマホの画面を開いて、少し触ったと思ったら静かに閉じていた。
「和哉に今ラインで返事を送った。」
「え?! 今!」
「うん。今まで通り、幼馴染として付き合いましょう。ってね。」
俺は、どう言葉をかければいいのか判らなかった。
「じゃ、私は行くね。」
「あっ……。ああ、今まで本当にありがとう。」
俺は立ち上がった璃緒奈を見上げる事が出来なかった。
彼女の足音が遠ざかって行くのを、俺は座ったまま聞くしか出来なった。
しばらく俺は、その場から動けずにいた。
結局、璃緒奈が何故怒っていたのか、判らないままだった。
顔をあげると、朱色に染まった雲と、深い青へと変わっていた空が、俺を見下ろしていた。
花が落ち、新しい葉で、枝を包みだした桜の枝が、風に揺られている。
俺は握った手の中にあった、一枚の桜の花びら見つめていると、冷たい風が、俺の手から花びらを奪っていった。
締め付けられた胸の痛みが、自分勝手な涙を流していた。
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