惜しからざりし命さへ ⑤

1/4
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

惜しからざりし命さへ ⑤

 構いませんよ、とこの家の主にあっさりした口調で言われて拍子抜けをした。地下牢の彼の許へ通い始めて数週間の後のこと、どうにも居た堪れなくなり意を決して打ち明けた日の出来事である。こんな生業をしているものの腕っ節には自信が無い訳ではなかったから、いざとなればひと暴れしてでも逃げ出すつもりでいた。そうなれば地下牢の彼を見捨てることになるからそこに罪悪感はあったが、それでも心根の底で最も労わるべきは己の身である。  馬鹿正直に地下牢で男を見たと告げるのは得策ではなかったかも知れない。だからと言って、手練手管に長けている訳でもない。不義理を承知で逃げ出すかあの男のことは無かった事にするか、そのどちらも承服しかねる私には、取る道が他に無かったのだ。 「そんな事を気に病まれていたのですか」     
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!