ドラマチック・エチュード

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 倉庫の奥で、膝を抱えて蹲る。埃っぽい倉庫には、扉の隙間から差し込む光しか明かりがない。夜よりも暗いこの部屋は、現実世界じゃないみたいだった。  底の見えない穴でも覗き込んでいるかのような不安感が襲う。春だというのに倉庫内は少し冷えていて、不気味さを演出していた。遠くの方から、部活動を始めた生徒たちの賑やかな声が聞こえる。きっと演劇部も、既に活動を始めているだろう。 「部活、今日は行けそうにないな……」  そうため息を吐いて、膝に顔を埋める。暗い所は嫌いだ。ひとりぼっちになったみたいな気分になるから。僕の全てを否定してきそうな気がするから。ただ、暗闇が怖い。もしも僕が舞台のお姫様だったら、こんな暗闇まで助けに来てくれる騎士とかがいたかもしれないのに。僕はお姫様でもなければ、ここは舞台の上でもない。そんな都合のいい展開、どこにだってありはしないのだ。  こうしてクラスメイトたちにいじめられ、女の子みたいだと馬鹿にされる度に思う。僕は女の子にはなれない。先輩を好きになるのは間違いなんだと。被害妄想も甚だしいが、どうしてもそう考えざるを得ない。先輩は人気者で人望があって優しい。僕なんかが釣り合うはずもなかった。  そう悲観的な思考を巡らせてどのくらい経っただろう。随分長くここに居るような気がするが、きっと実際は十五分くらいしか経っていないはず。  もし、一生此処から出られなかったら。そんな想像までしてしまう。ここ最近の先輩に対する思いや、クラスメイトたちの悪口、そして今の状況。いろいろなことが複雑に絡み合って爆発しそうだ。  膝を抱える手に力が入って震える。目の奥が熱くなってきて、溢れそうな言葉を堪えるように下唇をぐっと噛んだ。  けれどそれは、僕の口からぽろりと零れ落ちてしまう。鼻の奥がつんとした瞬間、小さな雫が膝に落ちた。 「――助けて、響輝先輩……っ」  誰よりも大好きなその名前を、気がついたら呼んでいた。
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