カザミとイチゴ

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カザミとイチゴ

 葉っぱと藁にくるまって、ベビードラゴンがすやすやと眠っている。 「寝たね」 「寝たな」  電池が切れたように、ベビードラゴンがコテンと倒れたときには慌てたけれど、なんてことはない。リリアと一緒だ。  アンデスは眠ってしまったベビードラゴンを口にくわえると、葉の上に優しく置いた。そのまま、雌のアンデスのところへ戻ると2人で頭を擦り付け合う。 「アンデスのコミュニケーションの仕方って素敵よね」 「殺されそうだったのに、よくそんな気持ちになれるな」  ジンが呆れた顔をしてマリアを見る。 「リリアと私のいる家に、モンスターが押し入ってきたらどうする?」 「殺す。マリアが止めるなら、何としても追い出す」  ジンの即答にマリアは苦笑する。 「アンデスがやったことはそれと一緒よ。当たり前に家族を守っただけ」 「そうかもしれないが、殺されそうになった方にも怒る権利はある」 「殺しあう前に話し合えると良いんだけどね」  雄と雌のアンデスも体を伏せて休み始める。  木の合間から細く降り注ぐ光の向こうで、二頭はとても幸せそうに体を寄せ合っていた。  アンデスの寝床の近く、村からも遠い場所にもツキノワの古い穴蔵を見つけた。ベビードラゴンをその穴蔵に寝かせ、近くで見つけたガマグミを置いておく。 「なるべく早く来るわね」  ベビードラゴンの穴蔵に、マリアのステルスをかけ、さらにジンのステルスを重ね掛けする。これで、だいぶ見つかりづらくなったはずだ。 「あとは、ベビードラゴンがパニックになって暴走しないように祈るだけ」  パンパンと手を叩いて祈っておく。  本当に仕事に行くジンとは別れ、途中で薬草を積んで村に戻った。 「リリア! カザミ!」  マオ婆の家の前で、カザミとリリアがしゃがみ込んでいる。  しゃがみ込んだまま、カザミがシーッというポーズをして振り返る。  紫色の薬師用の服が汚れるのも構わずに、地面に這いつくばっている。  やがて体を起こすと、手のひらに載せた何かをリリアに渡した。 「キャー」  リリアが喜びに声をあげる。  立ち上がったカザミが服の汚れを払い、マリアを振り返った。 「おかえり。買い物は済んだか」 「うん。家に置いてきた。リリア見てくれてありがとうね」 「まま! みて! くわみゅし!」  リリアの手にはクワムシの半透明の抜け殻が載っている。クワムシは、幼児期の間は手のひらに乗るほどに小さなモンスターだ。脱皮を繰り返して成長し、最終的にはリリアほどにもなる。 「こいつの抜け殻は滋養にいいんだ。それにしても、リリアは筋がいいな。クワムシとカブムシの見分けもすぐに覚えたぞ」  カザミがリリアの頭をぐりぐりと両手でなで回す。キャーとリリアがまた喜びの声をあげる。 「リリアは本当に目がいいのよね。なんか本能で感じ取ってるみたい」 「お前の娘だからな。筋金入りだ」  カザミも、マリアのモンスター談議を興味深く聞いてくれる数少ないうちの一人だ。  カザミ曰く、モンスターの話は薬師の仕事にもつながる話らしい。怪我や病気は回復魔法のキュアで治せるものもあるが、自身の回復能力以上の大きな怪我や病気になると、薬師が力を発揮する。カザミは、そういう意味では、村の医療を担うパートナーでもある。 「りりあ、しゅごい?」 「すごいよ! リリア、よく見つけたね」 「やった、やった! だいせーこー!」  マリアも頭を撫でると、リリアがぴょんぴょんと飛び跳ねる。  その手を見て、カザミの目が薄く細められたのがわかった。  しまったと思いながらも、気づかれないようになるべく自然に手を引っ込める。カザミもとても目が良い。体の不調をピタリと言い当てて、適切な薬を調合してくれる。 「マリア」 「あ、カザミ、これ。お礼の薬草」  不自然すぎたか、と内心焦るが、差し出した布袋をカザミは黙って受け取った。 「飯でも食っていけ」  カザミが背を向ける。 「ありがと。リリア、ご飯だよ」 「はーい! だっこ!」  元気よく手をあげて抱っこをせがむリリアに笑ってしまう。 「しかたないわねえ」  その日食べたご飯は、ヒジキとトウフの煮物に、ショクドリの卵スープとタライモのおやきだ。  白黒のコントラストが鮮やかな煮物には味がしっかりと染み込んでいる。ショクドリの卵は食用が可能で、寒い時期に産む卵は味が深くなる。弾力がプルンとしていて、生で食べても美味しい。  溶いた卵を流し入れたスープは、黄色い菜の花の絨毯のようだ。タライモはもっちりとしていて、塩味がよく効いている。タンパク質や鉄分を重視しているところを見ると、マリアの手のケガにはやはり気づいているらしい。 「かざみしゃんのごはん、おいしーねー」  リリアのごはんを頰張る姿にカザミが微笑む。 「そうだろう。体も元気になるんだぞ」  カザミがわざわざマリアの方を向いてニヤリと笑いかけてくる。 「リリア、いつもはタライモとか食べてくれないのにー」  こういう時はリリアで持ち上げるに限る。 「うちは塩で蒸してから潰すからな。味がしっかりついてるんだ」 「あ、皮も一緒に蒸すと肌にもいいんだよね」  カザミのツルツルの肌を見る。これはそうやってできた肌なのか、と妙に納得してしまう。薬草に詳しいカザミは、食べ物にもとても詳しい。 「皮の近くにそういう成分が多く含まれてるからな。皮ごと蒸すと栄養が逃げないで済む」  どれだけわかっているのか不明だが、リリアが大真面目な顔で、うんうんと頷いていた。 「さて、次はデザートだな。今日はイチゴだぞ。体を丈夫にする栄養素の吸収率が格段にあがる」 「わーい! いちご!」  喜ぶリリアの頭をなでがてら、カザミがテーブルを離れ、デザートの用意をしてくれる。  その時、家の戸口が開く音が聞こえた。 「こんにちはー」 「よしゅあだ!」  よく通る声に、ガタガタガタと台所の方から盛大な音が響いた。リリアは椅子から飛び降り、玄関に走っていく。 「大丈夫?」  ひょこりと顔を出して見てみると、真っ赤な顔をしたカザミが尻餅をついていた。  辺りに散らばったイチゴを代わりに拾い上げる。 「ヨ、ヨ、ヨシュアさま?」 「んー、このイチゴの色キレイね。さすが、カザミ。果物を見る目もいいわね」 「やばい。どうしよう。髪、部屋、あ、ごはんんん」 「どれも素敵で美味しそうだから大丈夫よー」  全て拾い上げたイチゴを綺麗に洗い直す。 「よしゅあ、こっち! かざみしゃんのごはん、おいしーよお」 「リリアちゃん、ちょ、俺、ご飯食べに来たわけじゃないよー」  近くなった声にカザミの顔がますますイチゴ色に染まる。膝を抱えてしまう姿は、抱きつきたくなるほどに可愛い。 「あれー、かざみしゃんー、ままー?」  とてとてとリリアの足音が近づいてくる。 「あ、みつけたーっ!」  ヨシュアとリリアが二人して台所を覗き込む。座り込んでいるカザミと、イチゴの入ったカゴを手にしたマリアを指差してリリアがキャッキャッと笑い声をあげた。 「カザミさん! 大丈夫ですか?」  座り込んでいたカザミに何事かと思ったのだろう。ヨシュアが慌てたように台所に入ってきた。 「あ、え、う」  カザミの前に跪くヨシュアは、ファンキーな眼帯さえなければ、さながら騎士のようだ。 「ひっ」  思わず手を引っ込めようとしたようだが、ヨシュアはカザミの手をギッチリと握っている。 「はいはい、大丈夫よ。ヨシュアはこのイチゴをリリアと一緒にテーブルに持っていってくれるかしら?」  ヨシュアの手にむりやりカゴを持たせ、リリアと一緒に台所から追い出す。「かざみしゃん、いたいいたいなのかなー?」と心配するリリアの声が聞こえた。 「ほら、カザミ。しっかりして」 「あ、ああ。ああ。ありがとう」  惚けたように両手を握りしめていたカザミがやっと正気に戻る。 「ほら、深呼吸して」 「ん」  カザミが息をはくタイミングに合わせて、リキュアを薄くかける。興奮を鎮め、体の血の巡りをよくする魔法だ。 「ありがとう。少し驚いてしまったようだ」 「わかった。わかった」  カザミの言い訳にマリアが苦笑する。どうにも自分の気持ちを見せるのが苦手な幼なじみだ。  食卓に戻ると、イチゴがキレイに盛り付けられていた。 「あ、がざみしゃん! おさらにのせたよ!」  リリアの頭を撫でつつ、「大丈夫ですか?」と様子を伺うヨシュアに、カザミは「ああ」とそっけなく返す。 「さ、食べましょう。カザミが選ぶ果物は格別に美味しいわよ」 「いただきまーす」  リリアが真っ先に自分のお皿のイチゴを頰張る。 「おいしー!」  すぐに花が開いたかのような表情になった。 「ほんとだ。甘くて美味しいですね!」 「それなら、よかった」  カザミの返し方が力強い。 「かざみしゃん、めがこーんなんよ」  つり上がった目を指摘されて、カザミが慌てて笑う。 「すまん、怒ってるわけでは……」  尻すぼみになるカザミの言葉にヨシュアが眼帯ごしに笑いかける。チューリップかカザミを見る。 「わかってますよ。カザミさんはまじめですからね」  小さな安堵の息が聞こえた。  そのカザミの様子に密やかに微笑みながら、イチゴを口にいれる。 「ほんと、美味しい!」  口の中にあふれる果汁とさっぱりとした酸味がほどよい。舌に軽く残る甘さに、手がついつい次のイチゴにいってしまう。脳と胃が同時に満たされるような幸福感のある味だ。  ベビードラゴンにも食べさせたい、と考えながらも手が止まらない。 「おいしーねー」  リリアも幸せそうに顔がとろけきっている。 「そういえば、ヨシュア、何か用だった?」  手は次のイチゴのヘタをとりつつ、ヨシュアに話しかける。 「あ、実は、森の様子がちょっと騒がしそうだったので。大丈夫だったかな、と」  思わず手を止めてしまった。  今日は街に買い物に行ったことになっている。 「森? なんの話だ? 今日は街に行ったのだろう?」  あっ、とヨシュアが声を上げ、しまったという顔をする。リリアですら、もう少しごまかすことができる。 「あー、ジンね。きっと。今日は森で仕事だったのかしら」  なるべくわざとらしくないように、イチゴを頬張った。 「ぱぱ、おしごとー?」 「そうよー。パパは、おっきなモンスターがいるところで、みんなを守る仕事をしてるのよ」  冒険者が入り乱れるような場所では、モンスターも凶暴度が高く、人間を攻撃してくることが多い。ジンは、そういうモンスターの気を引き、足止めしておく仕事をしている。コントラクターとも似ているが、殺したり狩ったりしない点で大きく違う。 「ぱぱ、すごいねー」  感嘆する姿にマリアたちは微笑む。  リリアのおかげでカザミの意識が逸れた。 「まあ、ジンさんなら大丈夫だろう」 「なんといっても、元ファントム・シーフだからね」  どんなに厳重に守っていても、一瞬にして目的のものがなくなってしまう。そんな幻の大泥棒をファントム・シーフと呼ぶが、ジンもだいぶ昔にそう呼ばれていた頃があった。 「疲れて帰ってくるだろうからな。イチゴを持っていけ」 「本当に!? ありがとう!」  キラキラ光るイチゴをカゴに入れてもらう。 「カザミさん、ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」 「いや、うん。よかった」 「また、ご飯食べさせてくださいね!」  そういうと、ヨシュアはリリアの頭をなでて帰っていった。 「よしゅあ、またねー」 「大丈夫? カザミ」  手を振るリリアの後ろで顔面を真っ赤にしたカザミがうずくまった。 「大丈夫、だっ」 「あれー? かざみしゃん、くわみゅしゅとるー?」  カザミの顔をのぞきこもうとするリリアを止めて、マリアはイチゴのカゴを持たせた。 「カザミはお仕事なんだって。リリアもこのカゴを家まで持っていくお仕事してくれる?」  ぱぁっとリリアの顔が喜びに変わる。 「やる! りりあ、おしごとする!」 「じゃあね、カザミ。ご飯ごちそうさま」 「ごちそーさま! かざみしゃん、ばいばい」  うずくまりながら、カザミがかろうじて手を振り返した。 「いちごみたいだったねー。かざみしゃん」  そんなリリアの言葉に思わず笑ってしまう。確かに、イチゴみたいに可愛い照れ顔だった。
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