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ベビードラゴンとイチゴのダンス
「マリアさん、ほら! あいつ、出てきましたよ!」
隣でヨシュアが興奮気味に囁く。
新しいベビードラゴンの住処の前。背の低い木の後ろに隠れながら、ベビードラゴンがイチゴを見つけるのを辛抱強く待っていた。
洞穴から目をシパシパさせながら、とてとてと歩いてくる姿が愛らしい。
少しはこの森に慣れたのか、泣き出す様子も今のところはない。
「少し寒そうね」
パタパタとはばたかせている翼に満たない羽が、風が吹くたびにぶるりと震える。
「普段は、母親ドラゴンの温かい背中にいるんですもんね」
パタリパタリと羽を動かしながら、空を見上げる、その姿にどこか哀愁が漂う。
「……マリアさん」
「なに?」
「あいつにいっぱい、イチゴ食べさせましょうね」
眼帯のチューリップとともに、ヨシュアが真剣な表情でこちらを向く。
「たくさん食べさせると、お腹壊すわよ」
「……ほどほどに食べさせます」
ヨシュアが、しょんぼりと握り締めたこぶしを下げる。その姿に笑っている間に、ベビードラゴンはイチゴを見つけたようだ。
空に透かしたり、匂いを嗅いだり、指でつついてみたりと忙しい。
とうとう、パクリと口に入れた。
「食べた!」
まるまる1つ口の中に放り込む。
顔を真っ赤にさせながら、小さな手に力を入れながら、イチゴを潰そうとしている。
「やっぱり、まだ固かったかしら?」
「ちょっと、マリアさん! 大丈夫ですか!? また、雷とかが落ちてきたら……」
ビリビリビリと、ベビードラゴンの周囲に電気が走る。
「や、やばいですよ、マリアさん!」
上から下というよりも、ベビードラゴンを中心に、その雷が放出されている。木々の枝の先が焦げ、地面の一部が黒く炭化する。
イチゴを潰すことに夢中になっているベビードラゴンは、そのことに気づかない。
力を入れるたびに、羽がパタパタと動く。歯のない顎の力で噛み潰そうと次第に力が入り、体が宙に浮き上がり、
「伏せて!」
キシャアアア!
ビリッと、一際大きな光がベビードラゴンから発せられる寸前。
大きな鳴き声とともに、ピタリと雷が止まった。驚きに目を見開いたベビードラゴンの羽の動きが止まり、地面へと落下していく──。
すんでのところで、アンデスがベビードラゴンの首根っこをくちばしで捕まえた。
「わ! アンデス!」
追いかけられたのがトラウマになっているのか、ヨシュアがますます身を低くする。
首根っこを掴まれたベビードラゴンは、目をパチクリさせながら、やがて、リュクリュークと笑い声をあげた。
落としたイチゴをアンデスがくちばしで潰して、ベビードラゴンに渡す。
果汁を舐めながら小さくなった果実を頬張り、ベビードラゴンはアンデスにもっともっとと言うように両手を上げた。
首を振るアンデスは、あとは自分でやれ、とばかりに、辺りにあったイチゴを一つつかむと、飛び去っていってしまった。
ベビードラゴンが、今度こそ本当にしょんぼりとした背中で、アンデスを見送る。
その姿に、マリアも胸が痛くなる。母親も友達もいないベビードラゴンは、この森でひとりだ。
「ちょっとだけ。ちょっとだけだから」
そう言いつつ、マリアは簡単な浮遊魔法で、イチゴを浮かせると、ベビードラゴンの頭にコツンと落とした。
俯いていたベビードラゴンが、辺りをきょろきょろと伺う。
「ほら、イチゴのダンスよ」
頭を上げたベビードラゴンの前で、3つのイチゴが縦横無尽に跳んだり回ったり重なったりする。イチゴのヘタの緑の葉っぱが、動きに合わせて躍動する。
「リュークリューク!」
一緒にジャンプするベビードラゴンは、楽しそうな声を上げながら、目を輝かせていた。
「元気、出たみたいですね」
ヨシュアと一緒に笑い合う。
「それはマリアのせいじゃない」
昨日の夜、マリアの過去について話すと、ジンはきっぱりとそう言った。
「そのクソジジイのせいだろ? 俺、探し出して殺してこようか?」
相変わらず、マリアのことになると、発言が過激だ。
「ううん。いまさら、どこにいるかなんて知りたくないし」
あの後、ルルと共に立ち去った後、マタギは二度と戻ってこなかった。
「昔は、探したこともあったんだけどね」
研究所まで出向いたこともあったが、体よく追い返された。もう、生きていないとも思っていた。
思わず俯くと、ジンがマリアの頭をよしよしと撫でてくれる。
「そんなことがあったから、コントラクターやってたんだな」
「今まで、話せなくてごめんね」
ジンが首をふる。
「過去について話しにくいのはお互いさまだ。俺は、マリアとリリアがいればそれでいい」
ふっとジンが忍び笑いを漏らす。
「なに?」
「いや、昔は手負いの猫みたいだったなって、思い出してな」
モンスターが凶暴化するといえば調べに行き、人間を襲わない場所と聞けば、モンスターたちが食育されていないか観察した。
そうやって、モンスターに詳しくなり、コントラクターとしても特異な存在になりつつあったころ、ジンに出会った。
「それは、もう忘れてよ!」
羞恥に顔が赤くなる。人が信じられなくなりそうなときもあった。ジンに食ってかかっていた、あの頃を思い出す。
ジンが首をふる。
「俺たちの出会いだ。忘れるわけないだろう」
どこか楽しげだ。ジンは、ホットココアを飲み干すと、仕事着の準備をする。
「え、これから仕事?」
「このままだと、お前が気になって仕方ないだろう? 調べてくる」
ヒメギリスがさらに高い声で鳴く。
「でも、もう遅いよ?」
「なに言ってるんだ」
黒い仕事着に身を包んだジンは、さらに深紅のマントを羽織った。
「ファントム・シーフは眠らないんだよ」
今朝起きた時には、ジンはベッドにいた。いつ帰ってきたのかはわからないが、朝はいつも通りに起きて、リリアを見ていてくれている。
イチゴの件でご立腹だったリリアは、一晩寝て、朝思い出して泣いた後は、イチゴを食べて落ち着いた。リリアを泣き止ませたのもジンだ。
何かわかったのだろうか。リリアの前では聞けず、いつもと同じようなジンの表情からは、何かをつかんだかどうかさえも読み取れなかった。
「マリアさん、あいつ、寝ちゃいましたよ」
ヨシュアに肩をたたかれる。はっと正気づくと、ひとしきりイチゴと遊んだからか、ベビードラゴンがすやすやとお日様の当たる場所で眠っていた。
「まだ、赤ちゃんだから、寝る回数が多いのね」
「あんまり緊張感なくて、ハラハラしますけどね」
ちょっと待ってて、とヨシュアに声をかけると、大量の落ち葉にステルスをかけた。そのまま、魔法で移動させてベビードラゴンの体の上に毛布のように載せる。
「即席のベッドですね」
「寝心地がいいか、保証できないけどね」
ベビードラゴンが、もぞもぞと体を動かすと、そのまま落ち葉から這い出て、頭から突っ込みなおした。
尻尾が振り子のようにゆっくりと揺れて、パタリと動かなくなった。
「〜〜!」
その寝ぼけた仕草とキュルンとしたお尻のあまりの可愛らしさに、ヨシュアの肩をバシバシ叩いてしまう。
「みて、ヨシュア! あの尻尾と足! ヨシュア、絵描いて! あの姿、額に飾りたい!」
「マリアさん、落ち着いて! 絵なんて描いたら、マオ様たちにバレちゃいますよ!」
そうとはわかっていても、この可愛らしさを全世界に広めたい。
「こんなの見たら、絶対モンスター倒せなくなるのに」
凶暴さだけが独り歩きしているせいか、モンスターの普段の仕草を気にする者は少ない。
「確かに、モンスターのこういう姿を見ると、普通に俺たちと一緒だなって思います」
食べたり、笑ったり、眠ったり。
「そういうふうに、みんなが思ってくれるといいんだけどね」
ベビードラゴンがもう一度起きるまでは、残っていることにした。草食系モンスターたちに食べられる心配はないだろうが、昨日のようにベビードラゴン自身がパニックになってしまう可能性もある。
「ヨシュア、戻る?」
「まさか。ジンさんにひとりでは絶対に行かせないようにって、キツく言われてるんですから!」
確かに昨日のようなことがあると、ひとりでは対応しきれない。
「でも、駐在のお仕事あるでしょう?」
「大丈夫ですよ。ガイ様も帰ってきましたしね」
ガイはマオの右腕で副村長的な存在だ。ガード、つまりヨシュアと一緒に村の治安を守っている。つい最近まで、マオ婆の代わりに周囲の村長との会合に行っていたはずだ。
「ガイ、帰ってきちゃったのかあ」
村で一番信頼されていると言ってもいい男は、村で一番マリアのことをよく思っていない。
「マリアさん、ガイ様と相性悪いですよね」
「あっちが突っかかってくるのよ」
意識していないと、眉間にシワがよりそうだ。渋い顔になってしまう。
「まあまあ。大丈夫ですよ。ガイ様はこの森には絶対に近づかないですから。バレようがないです」
ヨシュアに慰められながら、昼過ぎまで観察したその日。ベビードラゴンは2個のイチゴを自力で食べた。
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