ショクドリの甘い卵やき

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ショクドリの甘い卵やき

 残ったイチゴは持ち帰ることにした。 「あいつにあげなくていいんですか?」 「ベビードラゴンが、今後もこの森で暮らすなら、自分で食べ物を採れるようにならないといけないからね」  歯が生えそろう前に、果物や植物の味を感じて、植物から栄養が摂れることを体で覚えることが重要だ。  村に戻ろうとすると、ヨシュアが心配そうに穴蔵を振り返った。 「ほかのモンスターに襲われたりしませんか?」 「ここは、アンデスの巣があるからか、ほとんどモンスターがいないし、大丈夫よ」  マリアがつい吹き出す。 「ヨシュア、なんだかんだ言っていたわりに過保護ね」 「そ! それは、村のみんなの命がかかってますし!」 「はいはい。そうね」 「本当にそれだけですからね!」  バツが悪そうな顔を隠すように、ヨシュアが先へと進んでしまう。その姿にまた笑った。  振り返ると、ベビードラゴンが、自分の背丈くらいの雑草を両手で押していた。手を離した拍子にペチンと自分に戻ってくることに驚いている。       そんな姿に微笑みながら、 「またね」  マリアが小さく声をかけると、ベビードラゴンの尻尾が呼応するように横に振られた。 「それでね! 自分の爪を使って砕いたの!」  リリアも寝静まった夜。マリアはジンにベビードラゴンの様子を語っていた。目の前に置かれたミルクティが湯気を立てている。 「ドラゴンなら、顎の力だけで食べられそうなのにな」  一通り話終えて、ミルクティをごくごくと飲み干す。タウルスのミルクは、秋になるとコクが出る。寒さに耐えるために、脂肪を蓄えようと食事の量が増えるからだ。 「まだ、赤ちゃんだからかな。力のコントロールが激情型なのかも」  手に噛み付いてきたときはキュアでも追いつかないぐらいの痛みだった。あの力で、イチゴをつぶせないはずはない。  それ以外にも気になることはある。 「最初に会ったときは、片目が見えてないはずだったんだけど、最近の様子を見てると、両目とも見えてそうなのよね」 「治癒したのか?」 「落ちたときにできた怪我ならありえるけど……。外傷って感じじゃなかったんだけどね」  最初に見たときには、目が見えないことにも気づかなかったほどだ。ドラゴンの治癒能力なら、重度の怪我が治ってしまうのも頷けないわけではない。ただ、視神経みたいな機能を治すのは規格外すぎる。 「ドラゴン特有の何かか?」 「わからない。少なくとも聞いたことはないのよね。ドラゴンの情報って少ないから、文献にもあまり載ってないしね」  そもそも、巷に流れてくるモンスター関連の文献はわずかだ。村に流れてくる書物となると、さらに少なくなる。特異種のドラゴンとなると、もはや砂時計の砂から砂金を見つけるようなもので、つまり無謀すぎる。 「文献がありそうなところといえば、研究所なんだけど」  モンスター生態調査研究所は、その目的ゆえモンスターに関わる文献が豊富に保管されている。ものによっては、わざと秘匿されている情報もあるらしい。  マリアも一度マタギを探しに足を踏み入れたことがある。けれど、中には入れなかった。研究所の周りには、モンスターを捕まえるためのあらゆる罠が仕掛けられていて、それは同時に外部の人間にも有効で、マリアも撤退せざるを得なかった。 「研究所の中までは、まだ調べてなかったな」  ジンがファントム・シーフの顔を覗かせる。盗めないものがない、と言われているファントム・シーフは裏を返せば、入れない場所がない、ということだ。 「そういえば、昨日は何かわかった?」 「多少な。ただ、もう少し裏をとる」  ジンの表情が硬くなった。何か悪いことを引き当ててしまったのか。 「大丈夫? 危なくない?」 「誰に言ってるんだ。大丈夫だ。まかせておけ」  まだ暖かさの残るカップを握る。もう、ご飯を一緒に楽しむ人を失くしたくはない。 「危なかったら、すぐやめてね。無理するほどのことじゃないもの」 「わかってる。マリアも気をつけろよ」  その言葉に笑ってしまう。ジンはすぐ人のことを心配する。 「大丈夫よ。ヨシュアもいるし。私をひとりにするなって言ったんだって? 今日、すごーくはりきってたわよ」  マリアの発言に、ジンがピクリと動きを止めた。カップを静かにテーブルに置くと、一つ息をつく。言いにくいことを言おうとするときのジンの癖だ。 「なあ、マリア。そのヨシュアのことなんだけど……」 「うん」  ジンの表情がかげる。物思いにふけるように顔を下に落とした。ジンがこんなふうに言い淀むのは珍しい。嫌な予感しかしない。 「ヨシュアがどうかしたの?」 「いや、大丈夫だ。お礼を言っておいてくれ」 「ジンにそんなこと言われたら、ヨシュア、感激して泣きそうね」  冗談めかして言ったマリアの言葉に、ジンがあやふやに笑う。その笑顔にマリアの内側がさらにざわつく。 「ジン、やっぱり、なんか…… 」 「ヤー! ヤダー!」  突然の叫び声に部屋がピリリとする。2人とも黙ると、リリアの泣く声がこちらまで聞こえてきた。 「リリア」  ジンはリリアの部屋へと急ぎ、マリアも台所で水を用意すると、ジンに続いて寝室へ向かった。 「ヤー! やなのー! ママがいいのー!」 「マリア、呼んでる」  ジンがリリアの頭をなでる手を話した。水の入ったコップをジンに渡して、リリアの背中を優しくたたく。 「どうしたの、リリア」 「ママといっしょにねるのー!」  えぐえぐと涙を流しながら、リリアがあばれる。 「うんうん。そうだね。いっしょに寝ようね」  マリアの膝に突っ伏して泣くリリアの背中をゆっくりとさする。 「ママ、いっちゃやなの」 「行かないよ。ママ、リリアの隣にいるからね」  ジンに目配せする。ジンは水を持ったままゆっくり立ち上がると、静かに部屋を出て行った。 「ごめんね。リリア」  思い返せば、ここ最近はベビードラゴンにつきっきりで、リリアにかまえていなかった気がする。 「何してるの。私」  ベビードラゴンがイチゴを食べたことに興奮して、肝心の自分の娘のことが見えていなかった。  飛び去っていったアンデスを思い出す。人間がモンスターと一緒だなんて、勘違いも甚だしい。モンスターの方が、ちゃんと弁えている。一番大切なものを間違えたりしない。  泣きじゃくりながら眠りにつくリリアの涙を拭いて、マリアはリリアを腕に抱きしめながら眠った。  ペチペチと頬をたたかれる、その感触で目が覚めた。 「ママー。あさでしゅよー」 「おはよー」  寝ぼけ眼のまま、リリアに抱きつくと、キャーとリリアが喜びに声をあげる。 「元気そうでよかったな」  いつのまにかリリアの横で眠っていたジンが、リリアの頭をなでた。 「今日は私、リリアと一緒にいるね」 「それがいいな。俺は、ちょっと気になることを調べてくる。夕方には帰るよ」  ジンが起き上がり、だっことせがむリリアを抱き上げる。 「ヨシュアのこと?」 「ヨシュアー?」  リリアがジンを見上げる。 「リリアはヨシュアのこと好きか?」 「しゅきー。パパもママもかじゃみしゃんもおばあちゃんも、みーんなだいすきー!」  いーっぱいと手で大きく表現するリリアを見て、ジンが微笑む。 「そうか。パパもリリア、大好きだ」  グリグリとほっぺ同士を寄せ合う。リリアがくすぐったさに顔を引っ込めて、クスクスと笑った。 「私もヨシュアのこと好きよ」 「ああ。俺も嫌いじゃない。だから、調べてくる」 「リリアも、しらばるー!」 「しらべる、だよ。リリア、今日はママと一緒に、朝ごはん作ろうか」 「つくるー! リリア、おてつだいするー!」 「えらいぞー!」  元気なリリアのほっぺをついむにむにしてしまう。むにむにー! とリリアがやり返してくる。  久しくこんな時間を忘れていた。 「ごめんね、リリア。ママ、最近、リリアと一緒に過ごせてなかったね。今日はたくさん遊ぼうね」 「あそぶあそぶー!」  リリアがジンの腕の中で喜びにジャンプしようとする。 「リリア、ジャンプするならおろすぞ」 「ごめなさーい」  おどけて謝るリリアに、ジンと2人して笑う。 「マリア。リリアの母親もベビードラゴンのことも、どっちもマリアにしかできないことだ。気に病むな」  マリアの先ほどの言葉に、なにかを感じ取ったのか、ジンがマリアの頭をなでた。相変わらず聡い。 「いいこ、いいこー。ママはいいこー」  リリアも一緒になってなでてくれる。 「リリア、ジン。ありがとう」  今日の朝ごはんはジンとリリアの好きなとびきりの朝ごはんにしよう。 「さあ、リリア。着替えて朝ごはん作ろうか!」 「リリア、たまごわるー!」  そうやってリリアと作ったショクドリの卵やきは、とても甘かった。
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