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気が付くと彼の姿を追っていた。
気が付くと彼の事ばかり考えている自分がいた。
ただ姿が見えるだけで幸せだった。
叶うはずの無い恋だと最初から分かっていたから。
***
「ほら美咲、今日も十文字さまは女の子たちの花道を華麗に通り過ぎてこちらに向かってきてます」
教室の窓際で親友の優美が後ろの席に座っている私に向かって敬礼しながら報告してきた。
毎朝恒例の行事である。
たくさんの取り巻きに囲まれて登校してくる十文字佑樹。
モデル並のルックスを持つその華麗な外見であり、成績も常にトップ、運動神経もバツグンで何をやっても彼の上をいく人物はいない。
しかも、家柄も裕福で十文字財閥の一人息子であり、つまりアニメにでも出てくるようないわゆるパーフェクト人間なのである。
彼に憧れる女の子たちはたくさんいて、私もその一人だ。
いつだって遠くから見つめていることしかできない。
そんなんだから話しかける勇気なんてある訳ない。
見つめるしかできない私だけど一つだけあの取り巻きの女の子たちより優位なところがある。
十文字くんの隣の席は私なのだ。
授業の間だけ誰の目も気にせずに彼の隣にいる事ができる時間が私の大切な時間だった。
それだけで私は幸せだった。
黄色い声が近付いてくる、十文字くんがもうじき教室に入ってくる。
途端に鼓動が速くなる。
喉がカラカラの状態に陥る。
今日の私変なとこないかな?
昨日買ったリップグロスはみ出てないかな?
…バカな私はそんなことばかりで頭がいっぱいになる。
十文字くんの目に私が写ることはないのに。
「おはよう」
隣に座った十文字くんがいつものように私に言ってくる。
十文字くんは分け隔てなく誰とでも普通に接してくれる。
「お、おは、ようございます」
目が合わせられない。
誰かに心臓を掴まれてるように苦しくて呼吸の仕方を忘れてしまう。
毎日こんな状態でよく生きていられるな、私。
「何でいつも敬語なの?」
クスっと笑う十文字くんも毎朝の事だ。
この『おはよう』の一言が私にとってとても大切な言葉だ。
この『おはよう』だけで私は生きていられる。
十文字くんは分かっていない。
自分の存在が一人の女子生徒をこんなにも苦しめている事を。
それ故に彼の存在はより一層美しく見える。
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