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「千尋くんはうちの家と近くて小さい頃からずっと一緒なの」
「そそ、こいつはオレの手のかかる妹ってとこかな。十文字に勉強教わってるのか?お前ら仲良かったんだな」
「うん…」
曖昧な返事だったけど、千尋くんはそれ以上何も聞かずに、十文字くんと最近の部活はどうだ?と言う話をしていた。
自分たちが引退してからの部活のことが気になるらしい。
「じゃ、また」
私の頭をクシャと触り、綺羅やかな笑顔で千尋くんは私達から離れた。
「ふぅん、キミが前原先輩と幼馴染みだったなんてね」
「……」
「前原先輩はとてもいいプレイヤーだったよ、もっと長く前原先輩とバスケしたかったな…」
そう言って上を見上げる十文字くんの横顔はやっぱり私の好きな十文字くんだった。
「あ、これ」
十文字くんはレポート用紙いっぱい丁寧に書かれた数式を私の前に差し出した。
「さっきの問題の公式と解説、それとテストに出そうなとこ書いといてやった」
所々にカラーペンまで使って分かりやすく書かれたレポート用紙を手に取ってみると、感激して泣いちゃいそうだった。
これ私のために?
「ありがとう…ございます」
嬉しくて、思わず立ち上がってしまった反動でイスは倒れるわ、思ったより大きな声が出てしまい、周りの注目を浴びてしまった。
ここが図書室だと言うことを忘れてた…。
「図書室では静かにするのが礼儀だろう」
表情を変えずに言った十文字くんの言葉が私の耳を突き刺した。
「すっかり暗くなってしまったな」
校内を出ると、ひんやりとした空気に体が縮こまってしまった。
19時を回った現在外は暗闇に覆われていた。
「こんな遅くまで付き合わせてすまなかった」
十文字くんの命令口調ではない普通の言葉遣いに戸惑いを感じてしまった。
あれ?何かよそ行きの十文字くんに戻ってる?
何て思ってしまい、戸惑ったまま十文字くんを見てしまった。
「何だその顔は?」
「え、っと、十文字くんにそう言われると調子狂うって言うか何と言うか…」
私、何言ってるんだろう?
十文字くんに向かってこんなこと言えるようになるなんて、昨日の私が知ったら卒倒寸前だろうなー。
「キミの言うことはよく分からないな。そもそも、今までボクとまともに話した事なんてないだろう?」
確かにそうなのだ。
いつもいつも見詰めることしかできない私は十文字くんに声を掛けるなんてことできるはずなかった。
隣の席になってもう一ヶ月経とうとしているのに、『おはよう』の挨拶すらまともに出来ていなかった。
そんな私がこんなこと言うのもおかしいけど、私の頭の中では、暴君皇帝のようなイメージがついてしまっている。
「ところで、キミの家はこっちの方向でいいのか?」
え?
校舎を出てから何も考えずに家への方向を歩いていた。
十文字くんも普通に隣を歩いてくれているから
「え…と…うん、だけど…」
「何をブツブツ言っている?家まで送って行くから案内しろ」
え、え、えー。
今何て?私の聞き間違い?
送って行くって言ってくれたの?
「ん、何だ?歩きで帰るのが不満なら今すぐに迎えの車を呼ぶがどうする?」
はひ?
迎えの黒?さすがお坊っちゃま。って今はそんな事で感心してる場合じゃない。
ジャケットからスマホを取り出して、電話をしようとするから慌てて止めた。
「だ、だ、大丈夫です。十文字くんに送ってもらうなんて滅相もない…です、歩いて一人で帰れます…」
「何を遠慮している?ボクのせいで遅くなったんだから送って行くのは当然だろう?」
十文字くんと一緒に歩いて帰れるなんて、夢見たい。
こうして並んでまして家まで送って行ってもらえるなんて。
こんなに幸せな事ってある?
つい顔がほころんでしまう。
今の私多分すごい顔をしていると思う。
鏡が無くても分かる、顔中の筋肉が重力に引っ張られて垂れ下がっている感じがするもの。
「どうした?早く行くぞ」
「は、はいい」
先に歩く十文字の一歩後ろに並んで歩いた。
十文字くんの本当の彼女じゃないとか。
もうそんなことはこの際置いといて。
期限つきのニセ彼女だとしても、こうして側にいられる今これ以上望んだらバチが当たる。
私の想いが届く日が来ることなんて永遠に無いのかもしれない。
彼のこと見詰めることしか出来なかったそんな私に神様がプレゼントしてくれた特別な時間を私は大切にしようと思った。
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