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美咲はソファに腰を下ろすと、ウィスキーの瓶とグラスの方に手を伸ばした。すかさず取り上げた大輔を、鼻白んだ顔つきで美咲は見上げる。
「君が、こんな風に人を困らせるようになっているとは思わなかったな」
苦笑を浮かべて言ってみせると、美咲はふいと横を向いた。
「別に、誰にでも困らせるようなことはしないよ。話を聞いてほしい相手の気を引くときだけ」
なるほど、と大輔は、読んでいた本を奪い取って投げた、今にも泣きそうな顔をした小さな女の子のことを思い出す。
「なにか話があるなら、素直にそう言えばいいのに。なにもこんなやり方をしなくても」
「そう? いつだって、私の話をきちんと聞いてくれなかったくせに。ずっと本を読んでいて、私がいくら一生懸命話したって聞き流していたじゃない」
その表情と言い方は、どことなく昔に通ずるものがある。大輔はしばらく沈黙していた。ふいに訪れた静けさの、美咲がじっと言葉を待っている間、大輔は次々と浮かんでくる、十年前の思い出に浸っていた。
幼い女の子は、いつだって一途な目をして、膝の上から語りかけてきた。少年だった大輔には、十も年下の話は面白いと感じることは難しく、ひとまずのご機嫌とりに背中を撫でてやりながら、読みたい本を読んでいた。
それでも不思議と、ふくれっ面の幼女が帰ったあと、ふとした瞬間に他愛のない話を途切れ途切れに思い出した。聞いていたとも思えないのに、明瞭に話は思い出され、あとで一人笑ったことすらある。
「聞いていたよ」
自分の言葉の響き方が、まるで長い間そっと大切に隠し続けていた秘密の告白めいていて、おかしく感じられた。うそ、と美咲がこちらを見る。なんという意味もなく、大輔は微笑んだ。
「じゃあ、どうして君は、あんなにしつこく何度も僕のところに来たのかな。普通、自分の話を聞いてくれない相手のところには行かないと思うけど」
美咲は目をそらして、しばらく黙っていた。まるで作戦を練り直しているみたいな横顔だ、と大輔は思う。それくらい深く真剣な表情をしていた。でも、と美咲は口にした。
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