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「どうして、雨なんて降ってしまうの。桜が咲く頃に」
その問いが同じく発せられたときのことを、もちろん大輔は覚えている。恐らくそのときの大輔の答えを、美咲は十全には理解していなかっただろう。だが、いまの美咲なら痛いほどにそれを知っている。それでも、大輔の答えは変わらない。
「それは仕方のないことなんだよ。どんなに桜を惜しんだとしても、雨は降るんだ。誰にもどうすることもできない」
シャツを掴む手に力がこもり、嗚咽を噛み殺そうとする儚い努力が何度か試みられたあと、じゃあ、と美咲は二つ目の問いを投げかけた。
「どうして、さよならを言わせてくれなかったの。そうしたら、私はここまで思い詰めなくて済んだかもしれないのに。でも、雨が降ったというそれだけで、私はさよならを言わせてもらえなかった」
大輔はそれに答えずにいた。やがて答えを探り当てようと目を上げた美咲に、大輔はそっとその目に手を乗せて塞いでしまう。ひどい、と美咲は震える声で言ったが、それすらも自分の胸に顔を押し当てて、聞こえないふりをした。
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