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大輔が話すなめらかで落ち着いた言葉も、好きだった。前に住んでいた土地への愛着や、新しい場所での暮らしへの不安を抱くほど、美咲は大人ではなかったけれども、いざ飛び込んでみると耳慣れない言葉の波に驚き、たじろいだ。初めて聞く地方の言葉は、起伏の激しい響きで、アクセントが強く、語調が荒々しい言葉に聞こえた。しかし、そこで異質なのはむしろ美咲のほうで、幼い子供たちはその特有の異物を嗅ぎ当てる嗅覚と無邪気な残酷さで、美咲の話し方を気取っている、上品ぶっている、と言って笑った。
だけど、美咲の言葉に大輔は笑わない。最初の頃ほど熱心に反応せず、美咲を膝の上に乗せたまま本に没頭するようになったけれども、大輔は奇矯なものを見つけた笑いやぶしつけな眼差しなど一度たりともしなかった。そこはどんな時であろうとも美咲の居場所だった。だからこそ、大輔が話してくれると、美咲は嬉しかった。面白い話を聞けるのはもちろん、親しみのある言葉で語りかけられることが。大輔は、言葉のつなげ方が上手いと美咲は思う。その言葉はほとんど途切れることがなく流暢で、そうあるべき調子と響きで調和が保たれている。耳に心地よい声にうっとりと聴き惚れて、胸に頭を預けながら見上げれば、視線に気付いた大輔がこちらを向いて、そっと微笑む。
その微笑みに、胸が高鳴って、肌の下がじんわりと温かみを帯びるようになったのは、一体いつの頃からだったろう? 幼いばかりの美咲のなかでは、様々な感情がいまだ名前もないまま、混沌として浮かび漂っているだけだった。友情も、敬愛も、親しみも、恋も、愛も、区別がなかった。大好き。与えられた眼差しや微笑み、優しく撫でる手に、心の奥が揺れてふいに閃いた情動も、言葉として喉から出れば、そんな他愛もない言葉にしかならない。
どこまでも曖昧で穏やかな感情で、美咲は満ち足りていた。子供が大人になることを知らないように、美咲も大輔もその間にある気持ちも、不変ではないのだと考えることさえせずにいた。けれども、いつの間にか自分の想いが、どうしようもないところまで育ってしまっていることに、ある日唐突に気付かされる。
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