2/3
前へ
/34ページ
次へ
 それは、別れのための約束だった。  けれども、無情にも雨は、桜の花びらとともに、約束までをも流してしまった。  美咲は毎年この時期に必ず雨が多くなることを、ひどい理不尽だと思っていた。あの小さくて、風が少し吹いただけでさらさらと花びらを散らす花は、雨なんかに打たれればたちまち花びらをなくしてしまう。  幼かった美咲は、こんな風に自分のやるせなさをきちんとした言葉にすることはできなかったけれども、つたない言葉を尽くして幼馴染の大輔に伝えたことがある。 しかし、十も年上の少年はいつものようにぶ厚い本を熱心に読むばかりで、なんら返事をしてくれない。むぅとしたところで、思いがけず大輔が目を上げた。  桜雨、と大輔は言った。さくらあめ? と繰り返した美咲に、大輔は、はたりと本を閉じる。それで美咲は、お話してくれるんだな、と嬉しくなった。  春になって桜が咲いた頃、必ず雨が降るんだよ。それでたいていの桜は、四月にならないうちに散ってしまう。その雨を、桜雨と呼ぶんだ。  なんで、と大輔の膝の上の美咲は身を乗り出した。どうして雨なんて降るの。降らなかったら、桜は散らないのに。大輔はあどけなさに目を細めて笑う。そうだね。雨が降らないほうがいいね。だけど、そういうものなんだよ。降ってほしくなくても、雨は降るんだ。それも、桜が咲いた季節に。  そんなのひどい、とまた美咲は頬を膨らませる。大輔は笑みを深めると、より丸みを帯びた美咲の頬にそっと手をそえた。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加