第四章

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 身体のどこか奥深くで、弾けるように沸き上がった激しい思いを、美咲は今でも上手く言葉にすることができない。美咲は、ランドセルやワッペンのついた帽子を、短くて細いばかりの手足を、幼い身体を疎んだ。ひどくみっともないものに思え、自分を投げ捨ててしまいたいと思った。そして、あの少女を跡形もなく滅茶苦茶に引き裂いてやりたいと思った。もしあのとき、ナイフかハサミを持っていたら、本当にやっていたかもしれない。 怒りでもなく、嘆きでもない、憎しみと言ってもまだ足りない、ひどく恐ろしい凶暴な感情は、あまりにも荒々しくて、幼すぎる美咲にはとても耐えられなかった。それまで美咲は、明るくて綺麗なものの中に生きていて、こんな風に濁って汚らわしく、獣のような感情がまさか自分のなかにあるなんて想像すらしなかった。  少女の遠ざかる足音で、美咲はほんの少し自分を取り戻した。それで少女を見送る大輔を見て、言いようもなく切なさに襲われていまにも視界が曇りそうになったとき、本当に奇跡みたいに大輔がこちらに気が付いた。そのときの大輔の表情を、美咲は忘れない。驚くことなく、慌てることなく、照れることすらせずに、大輔はにっこりとした。その瞬間、美咲は駆け出した。  曖昧で穏やかな想いが、はっきりとした強い感情へと変わった。美咲はもうこのときすでに、狂おしくて愚かしい想いを全身で覚えてしまった。同い年の子供たちは、まだままごとめいた恋の噂や関係に喜んでいたというのに。その日以来、美咲は歌いながら道を歩くのを、やめた。
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