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だからこそ、あの約束は必要だったのだ。あの春の日、大輔が大学のために上京する別れのときにきちんとさよならを告げられたのなら、きっとひとつの区切りとなっただろう。美咲は、秘めていた想いもそっと打ち明けることができたかもしれない。そうすれば、あの大人びてそつのない少年は、優しく宥めて、この想いを断ち切ってくれたに違いない。そして、美咲は別れを言えばよかった。親切だった年上の少年に。彼に寄せた想いに。そのための約束だったのに、その日は永遠に訪れなかった。ただ無残に捨て置かれた美咲がいるだけだった。物思いは終わることなく、月日と共に膨らんでゆく。
追いかけよう、と思いつくのに時間はかからなかった。今度こそ、大輔と対等に立ち得る、いつかの少女よりも美しく知的な一人の女として、けりをつけに行くのだ。そのために大輔の半生をなぞり辿ろうと調べたところで、彼が呆れるくらいに高い学歴の持ち主だと知る。けれども、そのくらいのことで諦めがつかないほど、美咲は思いつめていた。
通っていた小学校は、黙っていてもエスカレーターで高校まで進学できたのに、わざわざ中学受験をし直した。幸い、明晰な頭脳を持っていた美咲は、大輔の通っていた中高一貫校は男子校だったために叶わなかったけれども、それと双璧と言える女子校へ進学する。
入学後の美咲が、一目置かれるようになったのはすぐだった。それも当然で、美咲ほどひたむきかつ貪欲に何事も取り組む生徒は稀だったのだ。やがて、生徒からも教師からも、素晴らしく前向きで、まっすぐ未来へ邁進していくように思われるのを、美咲は内心可笑しく感じていた。前向きでも、未来を見据えてもいない。美咲を駆り立て、心を掴んで離さないのは、過去なのだ。
美咲はいつも、石を磨く音を聞いていた。がりがりと、醜く汚い石の表面を削る音。石のなかには輝きがある。それは、ただのありふれた輝きかもしれない。求めるような鮮烈な魅力を持った、宝石にはなり得ないかもしれない。けれども、一刻も早く取り出さなければ。
そうして磨き続けた十年間で、最も忌まわしい思い出がある。
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