第五章

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 美咲は、たったの一度だけ、大輔の母校の学園祭へ行った。まわりの高校生の少女たちは女子校という隔絶された空間のなかで、まだ見ぬ恋への夢を胸いっぱいに秘めていた。学園祭のシーズンがやって来ると、その夢との出会いを求めてめぼしい学校へ赴くのが、一時の病の熱のように流行った。もちろん、美咲も友人たちから声がかかったけれども、そんな無邪気できらきらとしたはしゃぎ方が出来るはずもなく、何かと理由をつけてのらりくらりとかわしていた。ただ、大輔の母校の名前を聞いたときだけは、心が揺れてしまった。  全国に冠たる名門校の中庭の特設ステージ前のスペースが、ケータイを片手に談笑する男女のたまり場になっているのに瞠目し、一緒に来た少女たちが吸い寄せられるように、その一団に加わるのを見送った美咲は、にわかに沈んでいく気分を抱えながら、漫然と校舎を見上げた。クリーム色の石造りの壁はどこまでもしかつめらしく、確かに伝統と格式を伝えていたが、いまはあまりにも騒々しかった。ステージからは絶え間なくスピーカーを通した轟きが鳴り、雑然とした少年少女の声が無秩序に耳を騒がせる。美咲は、母校といえども、このような場所であの大輔に通じるものを見出すことはできなかった。  そんな風にして校舎を見上げている間、誰も美咲には声をかけない。こんな賑やかさの中で、つまらなそうに校舎を眺めているといかにも超然として見えるのだと、しばらくして美咲は気付いた。すると今度は、ちらちらとこちらに目を向け、通り過ぎてゆく視線が鬱陶しい。やりきれない思いで、友達には適当な理由をつけて帰ろうかと思ったところで、一人の少年と目が合った。私服姿でここの生徒らしい彼は、数人の仲間と連れ立って学園祭を楽しんでいる最中のようで、美咲と目が合うなりはにかんで顔をそらす。そのはみかみ方が、つと興味を引いた。
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