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白々と明けゆく窓の外の空を感じながら、大輔は胸元に身を預けて眠る美咲を抱き続けていた。とうとう一晩中、そうしたままソファから動けずにいる。夜中の間に、床の上に投げ捨てられた香織のパジャマの傍らで、ケータイが何度も無遠慮な音をたてたけれども、大輔はでようとも思わなかった。
それは、大輔と美咲のための夜だった。他の何かや誰かのためには決してならない。大輔は、時が重い砂のように肌をざらざらと流れてゆくのを感じた。少しも眠くはなく、重くて残酷な時間の流れの向こうに押し流された幼い美咲が失くした何かを探すみたいに、ずっと起きて目を凝らしていた。
美咲の身体は柔らかく、いかにも傷付きやすそうに思えた。濡れた髪はゆっくりと渇き、大輔の家のシャンプーの匂いを孕みながらも、確かに美咲だけの凛として甘い香りがした。息をするたび微かに上下する細い肩を見ながら、こういう細やかなひとつひとつを、たぶん一生の間忘れないんだろうな、と大輔は考える。現に、その夜の間中、頭のなかでは美咲の言葉や表情が、昔のものも今のものも、鮮やかな奔流となって渦巻いていた。
大輔は、美咲の蠱惑的な微笑みや、こちらを誘惑する足先の動きや、とめどない涙を愚かだと思う。そのようなことをしたとして、何にもならない。ひどく愚かだ。けれども、その分眩しいほどに激しく、真っ直ぐだ。その愚直さが、本当は好ましい。
幼かった美咲が、時折その年の割に合わずに大人びた女の目になるのに、大輔は気付いていた。 だけど、それ以上の何が起こり得ただろう? 確かに、美咲には将来の美人を想像させるものが備わっていた。あどけなくふっくらとした桃色の唇の上、丸みを帯びた顎の先、きらきらとしたつぶらな瞳を縁どる睫毛の震えや柔らかいばかりの髪が翻る様に、大輔はそれを見て取ることができた。けれども、二人の間には十年という絶対の年月が大きく横たわっていたし、何より美咲はまだようやく大輔の腰に頭の先が届くかどうかの子供でしかなかった。
幼い美咲が、精一杯の言葉を尽くして語りかけながら、真っ直ぐに見上げる。しかし、大輔は応えない。いつも美咲にはわからない本ばかりを読み、それでいて膝の上の熱やひたむきな声音をありありと感じている。
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