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 花見に行こうか、美咲。もし、明日雨が降らなかったら。  美咲はきょとんとして、すぐには返事ができない。ひとつ息を吸ってから、とくとくと鳴る胸を感じながら、美咲は問うてみる。  二人だけで? だい兄と美咲だけ?  大輔は、どうしてそんなことを訊かれたのか、気付いていただろうか。人一倍聡くて、いつも美咲の気持ちなんてお見通しだった大輔だから、きっと知っていただろう。それでいてちっとも気付かない素振りで、けれども美咲の目をじっと見て、いいよ、と頷いたのだ。  じゃあ、約束ね。美咲が念を押すと、うん、約束と大輔は紛れもなく言った。それを見ると、にわかに美咲の胸はちいさく痛んだ。少年の優しさが、切ない痛みになってもやもやと広がってゆく。美咲は、どうして大輔がこんな約束をしてくれるのかを知っていた。  今年、十八歳になった大輔は、もうすぐ東京の大学へ行ってしまう。そうしたら、これから先、今日のようなやさしい時間は、もうやってこない。  けれども美咲は、精一杯それらの暗い思いを無視した。微笑みながら、大輔の首に腕を回し、頬を寄せる。すると、優しい仕草で大きな手が背に触れた。美咲の背を撫でながら大輔は言う、雨が降らなかったらね、と。  そして、二人の約束の日、雨が降った。昨日、二人がいたソファには春の午後のやわらかな斜陽が降り注いでいたというのに、雨は降った。  たった一日の雨で、桜はあらかた散り、流されてしまった。それと時同じくして、大輔は街から離れて行った。  別れのための約束だったのに、と美咲は泣いた。けれども、抗いようもなく雨は降り、桜は散り、大輔は行ってしまった。さよならをきちんと告げることすらできないままに。
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