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「初めてお酒を飲んじゃった。身体がふわふわして、なんだか不思議な気分。いい気持ちなんだけど、うまく歩けなくて。ちょっと動くとね、思ったよりも三倍身体がぐわーんと傾くような、そんな感じ。だから、帰れないの」
ふふふ、と笑う美咲に、大輔は不本意ながらなんと言ったらいいものか、すぐには思いつかなかった。
「いまね、渋谷の西武の前にいるの。エルメスのウィンドウがあるところ。わかるでしょう?」
大輔はすぐにわかった。そこでたたずみ、電話をかけている美咲まで思い浮かんだ。可笑しいことに、その美咲は十年前と変わらないあどけない少女の姿をしている。そんなことはあり得ないとわかっていながら、大輔は十八歳になった美咲を思い描けない。
大輔が返事をするよりも早く、通話が途切れた。仕方なく、タクシー会社に電話をかけたあとで、脱いだ上着を再び羽織った。
西武の前につけさせた車の中で、大輔は一人の女性を見つけた。美咲は、とっくに灯りの消えたウィンドウの中の商品を、顔を近づけて眺めていた。それでいて、タクシーが停まるとすぐに振り向いて、大輔が降りる前から唇に笑みを浮かべる。
十年の空白は、あどけなかった少女を輝くような若い一人の女性に変えていた。そこにあるのは、確かに知っている顔でありながら、大輔には馴染みがない。女性、ましてや成長という名の変化が著しい十年を経たとはいえ、こんなにも変わるというのは、少々信じられなかった。
大輔がそんな風にして美咲を眺めている間、彼女もまた何かを検分するような眼差しでしげしげとこちらを見ていたことに気が付いた。その眼があんまりに澄んではっきりとした色をしていたので、大輔は美咲がさほど酔っていないことがすぐにわかってしまう。
「いま、何時かわかる?」
美咲はちっともこたえた様子を見せずに、さあ、なんてとぼけた。そんな場合ではないのに、大輔はこの少女が一見いじらしいくせに、思いがけず芯が強かったことを思い出した。返事もせず本ばかり読んでいる男の膝の上で、ひたすらに話しかけているまるい頬をした幼女と、その熱とが甦ってくる。
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