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浴室の方から、美咲がシャワーを使う音が微かに聞こえてくる。大輔はまた少しウィスキーを注いで、一息で飲み込んだ。それから何気なしにケータイを取り出して見てみると、そこには今度こそ香織からの着信が数度入っていた履歴がディスプレイに浮かんでいた。
よりにもよってこんなときに、と思わなかったと言えば、嘘になる。かけるなりすぐに出た香織は、どうかしたのと、ややかたい響きの声で尋ねた。
こういうことは、上手く言い繕うとすればするほどむしろ厄介になると思った大輔は、実は、と今夜の経緯を素直に話した。それに対する香織の反応はといえば、なかなか複雑だった。香織が口にした、大変ね、という言葉が含む純粋ないたわり以外の女の声の響きに気が付かない大輔ではなかった。
ふと背後に気配を感じて振り返ると、それと同時にこちらへと腕が伸ばされた。なんの心構えもしていなかった大輔は、あっさりとケータイを奪われる。少女の無駄のない指の動作で、香織の声がふつりと途切れた。
美咲は画面から目だけを上げると、大輔を見据える。そして、大輔が「服は?」と尋ねる前に、眉一つ動かさず、手に持っていた女性用のパジャマを床の上に投げ捨てた。
「このパジャマ、誰の? 一人暮らしのはずなのに。その電話の女の人の?」
最初の驚きが通り過ぎたあとは、喜ばしいとは言い難い状況への徒労感が浮かんでくる。大輔は、ため息をこらえようともしなかった。
「美咲ちゃん。人の家でふざけるのはたいがいにしてくれないか。その布、どこから持って来たんだ」
ああ、これ? と美咲は自分の身体を見下ろすと、愉快そうな顔をして、見せつけるようにその場でくるりと回った。
「ベッドのシーツを引っぺがしたの。だって、得体の知れない女の服なんて、気味が悪くて着られないもの。ねえ、上手く着られたと思わない? 古代ギリシア人って、きっとこんな感じ」
ただの白い布は、少女の華奢な身体をゆったりと包み込む、いくつものひだを持った覆いになっている。そのひだの現れ方といい、身体の動きにあわせて頼りなく揺れる様といい、後世で巨匠と呼ばれる画家たちが描いた、イタリアルネッサンスの女神の有り様に似ているとも言えた。だが、もちろん大輔は純粋に綺麗だ、と言うことはできない。
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