3.KHM145

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3.KHM145

 建瑠は山中にいた。放課後、家に帰ると早々に球姫に連れ出され、峰場の運転する車でここまで連れてこられたのだ。道すがらの車中で球姫に説明を求めると、 「心配しなくていいわ。まだ最初だし私のすることを見てるだけでいいから」 と言うだけでそれ以上の説明は無かった。  そんな訳で山に着いて車を降り、球姫と二人ハイキングコースを歩いているのだった。峰場はついてこなかった。  この山は本格的な登山道と軽く登れるハイキングコースの両方があり、見かける人間も重そうな荷物の登山客と軽装で普段着の人と二種類いた。建瑠は学校から帰った時の普段着そのままだったが、この場においては常識的な格好だった。その点で球姫は浮いていた。派手ではないが黒を基調としたそのドレスは道行く人が振り返って見るほど場違いだった。 「あのさ」 「なぁに?」 「なんで山に入るのにそんなドレス着てきたの?」 「あら、大丈夫よ。汚さないから」 「いや、そうは言っても……」  また一人他の客とすれ違った。その客も驚いたように球姫を見つめている。 「他の人からも変な目で見られるし」 「そんな事関係ないわ。私は私のしたい格好をするだけよ」 「………」  結局建瑠が口を閉じてその話は終わった。  しばらく歩いた後、建瑠は球姫に話しかける。 「ねぇ、そろそろ話してくれてもいいんじゃない?」 「何を?」 「だから、ここに来た目的をさ」 「ふむ……、確かにそろそろ良いかしらね。建瑠、最近この辺りであった事件を知ってるかしら?」  建瑠は首を横に振る。 「実はね、死体が見つかったの」 「いっ……!?」 「まぁ登山道もあって、事故死が無いって訳じゃないからそれ自体はおかしくないんだけど。その死体はね……」  球姫は自分の顔に指を這わせながら言う。 「顔がね、無くなっていたのよ」  建瑠は想像してしまい、いやな気分になった。 「それで、それが機関(ヌル)にKHMだと断定されて私たちが向かっている訳。ちなみに下調べはもう済んでいるから私たちは駆除するだけね」 「ちょっ…、大丈夫なの?そんなの相手にして、危なくない?」 「心配要らないわ。あなたも私の実力は知っているでしょう?見ているだけでいいわよ」  そう言われても建瑠は不安だった。自分がこれから、人間の顔を削り取るような凶暴な相手と対峙しなければならないと考えると、背筋に怖気が走った。 「こっちよ」  またしばらく歩いた後、球姫はコースから外れて森の中に入って行った。そこはよく見ると木々がまばらになって獣道ができていて、通るのに問題はなさそうだった。  元のハイキングコースが見えないほど奥まで来た時、意外なことに人間と出会った。  彼らも建瑠たちと同じ二人連れで、一人は山に似つかわしくないスーツ姿に黒縁眼鏡で右手に杖を持った若い男、もう一人はフード付きパーカーとジーンズの目つきの悪い少女だった。男が球姫に話しかけた。 「あなたは………、機関(ヌル)の方ですね?」 「あら、あなたたちも来てたのね」 (機関(ヌル)のことを知ってるなんて何者だろう)  建瑠は思ったが、今は黙って行く末を見守った。 「あなた方が出てくるとは少し情報に行き違いがあったようですね。では私たちはお役目御免ということで、後はお任せします」 「ちょっと!センセェ!」  立ち去ろうとする男に少女が食いつく。 「なんでこいつらに獲物を横取りされなきゃなんねェんだよ!ずっと調べてたのはこっちの方じゃねェか!」 「クロ、やめなさい」  男が少女をたしなめる。 「だいたいてめェらも恥ずかしくねェのか?下調べだけさせて最後に獲物だけ掻っ攫うマネしやがって!」  少女の矛先が球姫たちに向いた。建瑠が球姫を見ると、冷ややかな目で少女を見ていた。 「……ペットの躾がなっていないわね」 「あァん!?」  険悪な雰囲気が二人の間に流れる。 「私たちは出来ることとやるべきことをやっているだけよ。それについては誰にも文句は言わせないわ」  球姫と少女は少しの間にらみ合っていた。それまで間に入らなかった男がやれやれといった感じで割って入る。 「うちのぽんこつがすみません。我々はもう行きます。行きますよ、クロ」  男が少女を促す。不服そうな顔をしながらも少女は男に従う。少女は最後まで球姫たちを睨んでいた。目力がすごいので建瑠は少し怖かった。  男と少女が去って行ってから建瑠は球姫に尋ねた。 「今の人たち、何者?」 「別に気にしなくていいわ。でもそのうち話すこともあるかもね」  そっけない返事だった。 ―――――  建瑠たちは道を抜け少し開けた場所に出た。近くは崖で上の方は登山道になっているらしい。 「ここよ」  ついに来てしまった。建瑠は緊張してきた。 「じゃあ手分けして探しましょ。でも、それらしいものを見つけても近づいちゃダメよ。すぐに私を呼んで」  球姫はそう言って一人で探し始めてしまった。 建瑠もぼーっと突っ立っているのもなんなので、警戒しながら探し始めることにした。  探していると木の陰にカエルを見つけた。二十センチはありそうなでかいカエルだ。 (まあ山だしカエルもいるよな)  そう思った建瑠は、これから起こるであろう戦いに巻き込まれないように、カエルを逃がしてやることにした。そして棒を持って近づいたその時、ぴょん、とカエルが跳ねて建瑠の顔にはりついてしまった。 「うわぁっ!」  建瑠は驚きつつもカエルを引っ剥がそうと引っ張った。しかし、どんなに力を込めてもカエルは剥がれない。 「な、なんだこいつ!」  建瑠が騒いでいると球姫がやってきた。 「あーあ、やっちゃったわね。だから気をつけなさいって言ったのに」 「!?ちょっと待って!まさか、こいつKHMなの!?」 「はぁ?何言って………ひょっとして言ってなかったかしら?」 「言ってないよっ!」 「…ごめんなさい」 「いいから、早く何とかしてよ!顔を取られて死んじゃうんだろ!?」 「ああ、それなら大丈夫よ。件の被害者はKHMが見える、いわゆる霊感のある人だったから驚いて滑落して死んじゃったのね。そいつ自体には張り付いた人の食事を奪って、少しづつ顔をかじり、決して離れない程度の力しかないわ」  確かにカエルは建瑠の頭に噛みついていた。歯が無い割に結構痛い。 「…どっちにしろ早く取って欲しいんだけど…」 「いやよ。そいつ取ろうとした人間に張り付くんですもの」 「じゃあどうすんのさ」 「こうするのよ。…………動いちゃダメよ」  球姫が集中すると球姫の体がブレて鎧の大男が生まれた。建瑠は大体察した。 「ちょっと待っ……」  ずごおっ!という音と共にコンクリートでさえ粉々にできる威力の突撃槍が建瑠の鼻先二センチのところを通り過ぎた。カエルは塵になった。 「終わったわね。帰りましょ」 「……せめてやる前に一言欲しかった」  こうして二人は仕事を終えた。だから、少し油断をしていた。  『それ』は崖の上から降ってきた。  小さな緑色のものが球姫の肩にとまった。二人は同時にそれに気づいた。それはカエルだった。  それを見た瞬間、球姫の顔に恐怖が浮かんだ。 「きゃあっ!」  球姫は恐怖のあまり顔面蒼白になりへたりこんでしまった。 (しまった!別の奴がいた!)  建瑠は慌てた。球姫がこれほど動揺するなんて余程の相手に違いない。球姫は金の鎖も大男も出せないでいる。 (助けなきゃ!) 「どうすればいい!?」 「と、取って!どっかにやって!」  建瑠は球姫の肩にいるカエルを払いのけ、球姫の体を支えた。 「だ、大丈夫?」  球姫は目に涙を溜めていた。そして建瑠と目が合うと顔を赤くして目を逸らした。少しの間二人は沈黙していた。建瑠はようやく気づいた。 「……………カエル、苦手なの?」  球姫は小さくうなずいた。  二人から離れたところで、ただのカエルがぴょん、と跳ねた。 ―――――  峰場の運転する車でマンションに帰って、部屋の階に来ても二人の間には妙な雰囲気があった。峰場は気にしていないのか気づいていないのか特に反応はしなかった。  そして、部屋のドアの前まで来たとき建瑠の家のドアが中から開いた。出てきたのは建瑠の母だった。 「あれ?母さん?」 「あら、おかえりたつくん。……後ろの方たちは?」  すると今日はSP姿でなく普通の服を着ていた峰場が前に出た。 「初めまして、建瑠くんのお母様。私は先日隣に姪と越してきた峰場と申します。今日はうちの姪がおたくの建瑠くんと仲良くなったので三人で遊びに行ってきました」 「あら、そうなんですか。すいません、仕事が忙しくて引っ越してきたことも気づかなくて……。こちらが姪御さんですか?」  建瑠の母はすっかり信じている。球姫が前に出た。 「初めまして、球姫と申します。建瑠君には引っ越してきた日から良くしていただいて、すっかり仲良しになりました。これからもお付き合いさせていただきたいですわ」 「あらあら、たつくんったらいつの間にかこんな綺麗な()とお友達になってたなんて、言ってくれればいいのに。っと、ごめんなさい、まだ仕事があるのでこれで失礼します。お話しはいずれゆっくりと」 「ええ、ではまた」  そうして建瑠の母は去って行った。  峰場が何か複雑な表情をしている。何となく見ていた建瑠と目があった。 「…いや、私も十四の姪がいてもおかしくない歳になったんだなぁって……」  聞いてないしどうでもいい、建瑠は思ったが言わなかった。  建瑠は球姫の方を見た。 球姫は一瞬目を逸らしかけたが建瑠をまっすぐ見た。 「……今日はありがとう」 「うん」 「それじゃ、また明日」 「うん、また明日」  こうして三人はそれぞれの家に入っていった。
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