55人が本棚に入れています
本棚に追加
火の爆ぜる音でミラは目を覚ました。
シェスの出入りにのみ使われる扉が炎に飲まれ、その向こう側は火の海だった。室内にも火は侵入し、手近なものから焼いてゆく。
これは夢かしら。それとも現実?
ミラは足元の鎖を見た。重くて冷たい。どうやら現実のようだ。
しばらくシェスの顔を見ていない。何をするでもなくぼんやりし続けて、気づけば火の手が迫っていた。それだけ。
(神官長はやっと私に飽きたのね)
不思議と、炎は少しも熱く感じられなかった。恐怖も喜びもない。一度火刑から逃れた人間の最期としては、皮肉だけれど。
ガタリと音がして、ミラはそちらを見た。
……目を疑った。
燃える戸口からふらりと入ってきたのはシェスだった。
ボロボロだった。三つ編みはほどけて背中にふりかかり、神官服は血と煤で汚れ、あちこち裂けている。右腕はなくなっていた。
足を引きずり、よろけながら、ミラの側に来る。彼が足を進めるたびに、絨毯の上に血が滴り落ちる。
残った左手で鎖を拾うと、血に濡れた唇を微かに緩めた。
「やぁ、惨めな魔女さん。気分はどう?」
わざとらしいほど陽気な声。周りの炎も全身の傷も無視して、ケラケラ笑いながら言う。
「僕が君を飼っていたことが職場にバレちゃって、隠れ家に火をつけられたんだよね。あ、隠れ家ってのはここのこと。まあ、そろそろ君にも飽きてきたところだし?神官長らしくサクッと魔女を殺して、僕は逃げる。君を生かしてあげるのはここまでだから、ごめんね?」
鎖から離した手を神官服の内側につっこみ、ナイフを取り出した。それだけは疵一つなく、炎を浴びて赤々ときらめく。
ミラは虚ろな青い瞳で刃を見返した。
「この期に及んで無視?最期なんだよ?僕は絶対に君を助けないし、鎖も解かない。ここで殺されて、終わり。何か恨み言の一つや二つあるでしょ?」
シェスは笑っていた。けれど、肌はとっくに真っ青で、呼吸も荒い。シェスのほうがよっぽど死人のようだった。
ジャラリ。
ミラは立ち上がって、尚も陽気に喋るシェスの口に自分の唇を重ねた。
鉄の味と氷のような冷たさ。血に混じって、微かにいつもの古風な香が鼻先を掠める。
そっと離れると、シェスは目を見開いて硬直している。
いつの間にか、彼の足にはミラの鎖が絡まっていた。
最初のコメントを投稿しよう!