囚われの魔女と聖職者

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 火の爆ぜる音でミラは目を覚ました。  シェスの出入りにのみ使われる扉が炎に飲まれ、その向こう側は火の海だった。室内にも火は侵入し、手近なものから焼いてゆく。  これは夢かしら。それとも現実?  ミラは足元の鎖を見た。重くて冷たい。どうやら現実のようだ。  しばらくシェスの顔を見ていない。何をするでもなくぼんやりし続けて、気づけば火の手が迫っていた。それだけ。 (神官長はやっと私に飽きたのね)  不思議と、炎は少しも熱く感じられなかった。恐怖も喜びもない。一度火刑から逃れた人間の最期としては、皮肉だけれど。  ガタリと音がして、ミラはそちらを見た。  ……目を疑った。  燃える戸口からふらりと入ってきたのはシェスだった。  ボロボロだった。三つ編みはほどけて背中にふりかかり、神官服は血と煤で汚れ、あちこち裂けている。右腕はなくなっていた。  足を引きずり、よろけながら、ミラの側に来る。彼が足を進めるたびに、絨毯の上に血が滴り落ちる。  残った左手で鎖を拾うと、血に濡れた唇を微かに緩めた。 「やぁ、惨めな魔女さん。気分はどう?」  わざとらしいほど陽気な声。周りの炎も全身の傷も無視して、ケラケラ笑いながら言う。 「僕が君を飼っていたことが職場にバレちゃって、隠れ家に火をつけられたんだよね。あ、隠れ家ってのはここのこと。まあ、そろそろ君にも飽きてきたところだし?神官長らしくサクッと魔女を殺して、僕は逃げる。君を生かしてあげるのはここまでだから、ごめんね?」  鎖から離した手を神官服の内側につっこみ、ナイフを取り出した。それだけは疵一つなく、炎を浴びて赤々ときらめく。  ミラは虚ろな青い瞳で刃を見返した。 「この期に及んで無視?最期なんだよ?僕は絶対に君を助けないし、鎖も解かない。ここで殺されて、終わり。何か恨み言の一つや二つあるでしょ?」  シェスは笑っていた。けれど、肌はとっくに真っ青で、呼吸も荒い。シェスのほうがよっぽど死人のようだった。  ジャラリ。  ミラは立ち上がって、尚も陽気に喋るシェスの口に自分の唇を重ねた。  鉄の味と氷のような冷たさ。血に混じって、微かにいつもの古風な香が鼻先を掠める。  そっと離れると、シェスは目を見開いて硬直している。  いつの間にか、彼の足にはミラの鎖が絡まっていた。
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