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「貴方は逃げられたのに、私を殺すためだけに戻ってきてくれたのね」
ひゅっと息を飲む音が熱した空気に消える。
ミラを死なせたいなら放置すればよかったのだ。鎖で繋がれたミラはどこにも行けない。もしこの枷が外れ、炎から逃れられたとしても、魔女とされたミラには帰る場所などない。
けれど、シェスは戻ってきた。ミラを殺すためだけに。
(私を、火に焼かせないために)
心の大部分が欠け落ちたミラでも、それくらいはわかる。
青ざめたシェスの頬に手を添えて、囁く。
「ありがとう、神官長。ずっと死にたかったけれど、貴方の気持ちは嬉しかった。……最期まで笑ってあげられなくて、ごめんなさい」
シェスが口を開いて、喘ぐように息を吸った。震える唇を歪めて、笑い声を上げる。ナイフを高々と振り上げた。
「バッカじゃないの?危うく笑い死ぬところだったよ!ありがとうだのごめんなさいだの、虫唾が走る!僕は君を、踏み躙って嘲って玩具にして、殺すだけ。僕は聖職者で、君は魔女だから。……君のことが嫌いだから」
翡翠の目から溢れた雫が、蒼白の頬を滑って、ミラの手に滴り落ちた。
誰からも見捨てられた魔女を拾って、わざわざ鎖に繋いで、世界と隔絶した場所に閉じ込めていた神官長。彼だけが、ミラを想ってくれていた。どのような形だとしても。
「私は、たぶん、貴方のことが好きになったわ」
ナイフが振り下ろされた。
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