囚われの魔女と聖職者

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 何度目のことか。音もなく扉が開いて、朝も夜もない部屋にシェスが入ってきた。  いつだって洗い立てのように真っ白な神官服。銀の盆を持ち、横になっているミラの隣に来て、座る。ギシリとベッドが軋んだ。 「食事の時間だよ。起きて」  眠ってはいない。けれど、あの日凍りついた心は、いくらか、そのまま砕けて消えてしまった。いっそ火に焼かれた方がよかったかもしれない。 「食べないと死ぬよ。手がかかるなぁ」  溜息をつきながらミラを抱き起こす。鎖が鳴ると、シェスは唇を緩めた。  白い手袋をはめた手で銀のスプーンを取り、ミラの唇にさし入れる。蜂蜜で果物を煮た味がした。 「いい?僕は人形が欲しいわけじゃない。ちゃんと反応してくれなきゃ捨てちゃうよ?」 「……」 「あーあ、つまらない」  ミラは目を伏せ、口の中の物をこくりと飲み込む。すると、シェスの機嫌もいくらかよくなった。 「まあ、いっか。僕が好きにすればいいだけなんだから」  シェスはミラを膝の上に乗せ、金色の髪を梳き始めた。時折引っ張り、時折掬って口づける。唇はミラの頬や首筋にも触れた。  満足すると、愛玩動物にするように頭を撫でながら、愚痴をこぼし始める。仕事が面倒くさいだとか、周りの人間が愚かで苛立つとか、毎日つまらないことばかりだ、とか。  話の合間に、思い出したように鎖をつまんでは、楽しげに鳴らす。  そうしていると、シェスは普通の青年に見えた。 (わからない)  何が楽しくて、ミラの世話など焼いているのだろう。笑いも泣きもしない、されるがままのミラに構って、何の得になるのだろう。  家族にも見捨てられた、死に損ないの魔女に。 「……神官長」  久しぶりに出した声は、思ったよりも綺麗に出た。毎晩蜂蜜入りのホットミルクを飲ませられたからか。  シェスが鎖をとり落として、翡翠の目でミラを凝視する。 「どうして、私を生かしておくの」  自分でも驚くほど抑揚のない声だった。大根役者でもここまで酷い者はそういない。  それを恥じる心も、もうない。 「私に、何を求めてるの」  三拍分の沈黙。  翡翠の瞳を逸らし、シェスは表情を消した。 「何も。気まぐれだよ。今殺したっていいし、放置したっていい。どのみち、君はどこにも行けない」  刺々しく言い放ち、乱暴にドアを閉めて出て行った。
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