かつてそこにあった日常

2/6
425人が本棚に入れています
本棚に追加
/230ページ
 私には、妻と息子がいた。  大学の時、付き合っていた彼女が妊娠して卒業前に結婚した。  彼女の親からは怒られたが、ちゃんと筋を通したから最後には認めてもらえたし、自分の親に頭を下げて専門学校に通って資格を取って公務員になった。  まあ、おかげで留年もしたし、大変だったけど。  とにかく、カミさんと息子のために金を稼ぎたくて、若手でも当直勤務と残業が多いと聞いていた医療センター勤務を希望した。  私はデスクワークが苦手で、エクセルの使い方もパワーポイントの使い方も、桐生さんに教えてもらった。  年下で愛想のない桐生さんは、何を考えているのかさっぱりわからない。  表情は動かないし、テレビを見ないというから雑談も振りにくい。  昼食はプロテインドリンクか家から持ってきたおにぎり。  外食はしない、飲まない、吸わない、打たない。  娯楽に通じるものが好きな様子が全くない。  仕事では、言われたことは完璧にこなし、期待された以上の結果を出す。  感覚では話さない。  おとなしい性格なのかと思いきや、正しいと思うことは全部口に出すし容赦がないから反感を食らう。  融通がきかない。  ロボットのような桐生さんが私は苦手だった。
/230ページ

最初のコメントを投稿しよう!