怪我人たちの静かならざる日常

13/15
427人が本棚に入れています
本棚に追加
/230ページ
 だが桐生さんに私の言葉は届いていなかったらしい。素早い動きでカフェを出てしまった。  もちろん、先日接触事故が起きかけた出入り口付近では一時停止を忘れない。  そういうところは立派だけど、マジで待って。  お店的に食いかけのパスタはどうすんだよ。 「っのやろ……!」  私も後に続く。  実は結構年上なことが判明した美人のバリスタさんに「すみません、戻ってくるんでとっといてください!」と声だけかけて、正面玄関を出るなり駆け出した。  ああ、すげえ迷惑な客だ。  これじゃあ、次にホットドック頼んだ時はソースが控えめなんじゃないか?  常連なんだから少しでもいい客でいたいという、私の見栄を分かって欲しい。  桐生さんはぐんぐんスピードを上げていく。  病院の広大な駐車場の外側を子供が走っていくのを見て、桐生さんは職員用の駐車場に駆け込んだ。止まっている車の間を突っ切っていく。  職員用だから開院時間中は出入りがないのをいい事に、桐生さんはスピードを緩めない。  というか、肩!  本当に大丈夫なのか。  私も走るのは早い方だと思っていたが、とても桐生さんには追いつけない。  革靴でどうやってそんなに早く走れるんだよ。 「ああくそっ……、マジ……はえぇ、なっ!」  桐生さんに追いつこうと思ったら最短ルートを選ばないと無理だ。  入院患者用駐車エリアとの仕切りにしだれサクラの並木ーー今の季節でよかった。葉もほとんど落ちているじゃないか。  追いついてやる。  デスクワークはまるっきりかなわないが、こういうところでも役立たずじゃ癪に触るからな。  並木エリアには小さな柵があり、立ち入りが禁止されている。  ここには球根や花の種が植えてあるからだ。毎年、春にはたくさんの花が咲く。がん患者サロンのボランティアの皆さんが植えてくれたチューリップを踏むわけにはいかない。  幅1メートルほどの植え込みエリアを飛び越える。  しだれサクラの枝は避けきれない。  枯れ枝が頬を割いた。  痛いと思うより先に足を動かす。  桐生さんの前には歩道と駐車場を隔てるツツジの植え込みがあった。  もうすぐ追いつく。 「友利さんっ!」
/230ページ

最初のコメントを投稿しよう!