救急外来の日常

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「コンクリートにヒビが入っていると言うことでしょうか」 「これってさっきの地震のせいじゃねえんじゃね?」  ポケットに挿してあるペンの先を捲れている塗料の隙間に挿しこむ。埃が入り込んでいるのがみえた。足元だから入りやすいのだろう。と言うことは、つい今しがたできたものではない。 「あの程度の揺れでコンクリートの建物にひびが入るとは思えません」 「じゃあ、あれか? 東日本大震災のときにやられてて、気付いてなかったとか」 「それは可能性としてはあるかもしれません。このタイルの下でひびが入っていたら、当時目視で行った確認作業では気付くことができなかったでしょうか」 「なに、そんな適当な検査だったのかよ」 「建物への損害は見受けられなかったようですから、目視できなければ……」 「うっわ。ずさんだなあ……でも、目で見て問題がなきゃ、大丈夫って思うか」 「もちろん、重要な個所は専門家に見てもらっていると思いますが、ここの角は階段入り口と受付のしきりでしかありません。厚みも薄いですし、この中には鉄筋などは入っていないのではないでしょうか」 「建物を支えるような重要な役割は果たしてなさそうってことか」  一瞬、自分のようだと可哀想に思えてしまったが、そんなことはどうでもいい。 「ま、あとで施設管理課に連絡しておこうぜ。角っこだしさ、もしかしたら誰かがぶつかって亀裂が入ったのかもしれねえじゃん」 「それはないのではないでしょうか。ここの角は削れていません。もしもぶつかるなどで痛んだのだとすれば、亀裂が入るのではなく、角が削れるはずです」 「確かに」  角に触れてみるが削れている様子はない。  そもそも北階段自体が使用頻度が低いのだから、ぶつかる可能性は極めて低い。まして、この角は会計の受付と階段の入り口の敷居になっている薄い壁だ。ぶつかるとすれば北階段を利用する際しか考えられないが、動線を考慮するとぶつかる方が難しいことに気づく。  職員が北階段に向かう時、中央は患者が座るための長椅子が並んでいるのだから、それを避毛で大きく回り込んで歩く。絵画が飾ってある壁伝いに歩く方が自然だ。  会計や相談室の患者向けの扉からなら、確かにこの敷居の前を通るだろうが、職員は裏側の職員専用の出入り口を使う。  では、患者かといえば、それも考えづらい。  この仕切り壁があるおかげで北階段の扉が待合ホールから丸見えにならずに済んでいるからだ。職員専用のエリアに患者が入り込まないようにするための工夫だと思うが、そのおかげでさらに暗く陰気な雰囲気になっている気がする。
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